
暴力には見えにくいが、警察は確かに力づくで市民を正面ステージ前から押し出した。=3日、国会正門前 撮影:田中龍作=
憲法公布日に警察が壊憲勢力の乱暴狼藉を保護した。あまりに皮肉な出来事は国権の最高機関前で起きた。
『主権者は私たち11・3憲法大行動』デモ。菱山南帆子さんによると、経緯はこうだ―
主催者(総がかり行動実行委員会)が3日朝7時30分頃、国会正門前に到着し会場の場所取りを始めた。
ところが10分後の7時40分頃になって、旭日旗と日章旗をはためかせた街宣右翼が数名やってきたのである。彼らは拡声器でガナリ立て始めた。
まごうことなく威力業務妨害である。だが警察はこれを黙認した。
7月19日にも同じ街宣右翼が来襲する事件があった。この時、警察は「(右翼が)先に来ていたので退けとは言えない」という見解を示している。
相手によって見解を違えるのでは法の下の平等に反するではないか。街宣右翼優遇にも程がある。

わずか数人の街宣右翼をガードするために警察は分厚い警備体制で臨んだ。=3日、国会正門前 撮影:田中龍作=
膠着状態がしばらく続いた。オープニングの13時30分頃には大勢のデモ参加者で会場は膨れあがっていた。だが街宣右翼の拡声器がうるさいためデモの開催さえ危ぶまれた。
参加の市民たちは中指を突き立てて「帰れコール」を合唱し、街宣右翼が不当占拠するステージに近づいて行った。右翼はわずか数名。市民が大挙して追い出すことも可能である。
ここで警察は驚くべき挙に出た。
「帰れコール」をあげる市民たちを力づくで押し戻したのである。警察が街宣右翼をあからさまにガードしたのだった。

護憲団体に使わせないだけの目的で場所取りする街宣右翼。=7月19日、国会正門前 撮影:田中龍作=
警察の右翼優遇は最後まで続いた。デモが終了すると、ご丁寧にも街宣右翼を国交省前まで送り届けるありさまだった。
高市政権がこの先も続けば右翼は増長し、権力に阿(おもね)る警察はさらに右翼を好き放題にさせるだろう。
~終わり~
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