「シリア崩壊の筋書きはアメリカとイスラエルが書いた」とする趣旨の珍説がSNS上で目につく。元国会議員のブンカジンまでもが同調するありさまだ。
誤解なきよう。イスラエルのレバノン侵攻の経緯はこうだ―
2023年10月、イスラエルのガザ侵攻に抵抗してレバノンのヒズボラがゴラン高原にロケット弾を見舞った。ここまでは毎度のことだ。
イスラエルの侵攻が長引き、ガザ情勢は猖獗を極めるようになった。ヒズボラのロケット弾攻撃もいつにも増して激しくなった(写真)。いつものようなジャブの応酬ではなくなったのだ。
イスラエル政府はゴラン高原に住むユダヤ人5万人をエルサレムなどに避難させた。今年4月のことだ。
10月、イスラエル軍は住民帰還の名目でレバノンに大規模侵攻する。対レバノン戦争の幕開けである。発端はガザ侵攻だった。決してシリアを崩壊させるストーリーがあった訳ではない。
ヒズボラ側は最高指導者のナスラッラ師はじめ幹部らをイスラエル軍に暗殺された。どこに逃げようともヒットされた。内通情報とドローンなどによる探知で容赦なかった。
ヒズボラは夥しい数の戦闘員を失い、多くの武器弾薬庫を失った。ゴラン高原経由の武器弾薬供給ルートも断たれた。かくしてヒズボラは衰弱し、アサド体制を支えるだけの軍事力はなくなっていた。
もう一つの要素。ロシアはウクライナ戦争で弱ったのだが、NATOはシリア崩壊まで狙って戦っていたのではない。
そもそもウクライナ戦争の発端となったマイダンの戦い(2013年末~2014年3月頃)は、親露派ヤヌコビッチ大統領(当時)が、国民と約束したEU加盟申請を反故にしたことが発端だった。
ヤヌコビッチの治安部隊は最後まで市民を射殺していた。政権崩壊は決してクーデターではないのだ。
ヤヌコビッチ大統領が亡命するとロシアはクリミア半島に電撃侵攻する。それから約1ヵ月後にはドンバスに雪崩れ込んだ。米大統領のオバマが手荒なことはできまいと見透かしていたのである。2014年のことだ。
2022年、ロシアがウクライナ全土に侵攻するとNATOは応戦したが、シリアのアサド政権打倒を狙っていた訳ではない。狙おうにも無理だろう。
国際情勢は玉突きで動く。陰謀論がお好きな御仁たちが思い描くように、最初から筋書きがあるのではない。
~終わり~
◇
田中龍作ジャーナルは読者の御支援により維持されています。
田中龍作は戦地の現実を克明に伝えます。戦場取材には莫大な費用がかかります。