この夏、日本人を熱狂させたイベントのひとつだったと言っても過言ではない、オリバー・ストーン監督の来日劇――
ストーン監督は最新作『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』(原題=『The Untold History of the United States』)を引っ提げて来日した。
20年来の知己で共著者の歴史学者ピーター・カズニック教授も一緒だ。2人は広島と長崎の原爆追悼式典に出席し、オスプレイ配備で揺れる沖縄も初訪問、基地などを視察した。去る12日、東京の日本外国特派員協会で行われた英語オンリーの会見では、常識とは180度異なる歴史観が炸裂した。
監督はまず、「広島、長崎に原爆が投下された翌年の1946年生まれ」と自己紹介した。「67年、68年にベトナム戦争に従軍した。私は“生き残り”だった。帰国しても周りになじむまでに時間がかかった」と当時を振り返った。現地と本国で信じられていることのギャップに気づいたことが、ストーン監督の出発点になっている。
「原爆に関して、我々は全てが間違っていることを発見した。(原爆投下についてアメリカでは)嘘をついたり、公式に否定したり、検閲したりしていた。トルーマン大統領は原爆投下の理由を、『狂信的に抵抗を続ける日本を降伏させ数十万の米兵の命を救うためだった』と繰り返し説明したが、実は全部嘘だった」。
ストーン監督らは次のような見解をとる―
ドイツ降伏後、日本は和平を模索していた。アメリカが日本に原爆を落とした理由はソ連に衝撃を与え、本当のターゲットがソ連であることを分からせるためであった。
カズニック教授は、スミソニアン博物館のエノラ・ゲイ展示に抗議したアメリカ側の代表のひとりだ。教授は言う。「アメリカ人の85%は原爆投下を良い事だと考えている。アメリカだけは正しいと考える例外主義によって正当化された根本的な過ちだ。“丘の上の町(アメリカが世界の模範になること)”の考え方は第二次大戦以降ますます強まっている」。
自国の歴史観は正しく、相手国の非難は間違っているという考え方は、ネトウヨに限らず世界共通なのかもしれない。
シリア人ジャーナリストが日米関係について質問した。
カズニック教授 「アメリカは帝国を拡大するためのジュニア・パートナーとして日本を扱った。60年安保と岸(信介)、72年の沖縄返還・核持込みと弟の佐藤(栄作)、この一族は日本の“Untold History”(もうひとつの歴史)上重要だ。岸の孫の安倍は、最悪のリアル・ヒストリー否定者だと思う。歴史を否定する者には普遍的なパターンがあって、勝者だけでなく敗者も歴史を否定する」。アメリカでも日本でも権力が歴史を歪曲していると皮肉った。
監督は今回の作品に対して主要メディアの扱いが冷淡だったことを明らかにした。「番組はアメリカのネットワークでは一度も放映されず、主要メディアには無視された。だが進歩的メディアはとても支持してくれた。NYタイムズやタイム誌から無視されたのは悲しい。主要メディアはアメリカ寄りでアメリカのスポンサーの方を向いている。アメリカ批判は企業の興味を引かないのだ」。
メディア状況は日本と似ているではないか。
“Untold History”はCBSの子会社Showtimeチャンネルから放送された。「ツテがあったから」だという。会見でも質問に立ったのはほとんどがフリー記者だった。会場は聴衆でいっぱいだったが、橋下会見の時のようにAP通信やNYタイムズの姿はなかった。米国のメディアは、アカデミー賞監督が広島や長崎を訪問して、ヒバクシャと交流したことには興味がないのだろう。
筆者が調べたところ、NYタイムズは“Untold History”を扱っていないわけではなかった。昨年末には”オリバー・ストーンがまたデマ本を出版?“という書き出しから始まる書評を掲載していたし、今年1月には「ストーン監督、NYタイムズを非難」というタイトルの記事も掲載していたようだ。
監督はオバマ政権に対しても容赦なく非難した。「ブッシュは法を変えた。だが今は世界中で盗聴することが制度化されている。これは違法だ。私にとってスノーデンはヒーローだ。利益のためでもなく自分の人生を捧げた。オバマはスネーク(蛇)だ」。スネーク、と強調すると会場が沸いた。
スノーデン氏やブラッドリー・マニング上等兵が抱いた“自分が明らかにしなくては真実が闇に葬られる”という正義感はストーン監督も同じだろう。アメリカが通信を傍受していることは噂されてはいたが、いざ暴露されると世界が驚愕した。これも正史では語られてこなかった“Untold History”のひとつだ。
福島原発事故についてどう思うか質問が出た。監督は「原子力の平和利用という言葉は間違っている」と回答。カズニック教授が歴史をひも解いた。「アメリカは日本で初めての原発を広島に作ろうとプッシュした。反発が強いと知ると岸の手先のショウリキ(正力松太郎)を使ってプロパガンダをやらせた」。そして茶目っ気たっぷりに「明日の読売新聞が楽しみだね」と付け加えた。
日本版を作る考えがないか聞かれると、監督は否定した。カズニック教授が続けた。「アメリカ版Untold Historyと日本のUntold Historyは関連しあっている」。
アメリカ版ができたからには、今度は日本人が自らの手で「もうひとつの日本史」を創る番だ。2人はそう言いたかったのではないだろうか。
《文・中山栄子》