激戦地ルハンスク州でフランス人のフレデリック・ルクレールイモフ記者が30日、砲撃され死亡した。
ルクレールイモフ記者は避難する住民を取材中に爆撃に遭ったという。
銃弾を受けたのと違い、砲弾の破片を浴びた遺体はひどく傷ついていることだろう。同僚や遺族の無念を思うとやりきれない。
ジャーナリストが取材中に死亡すると、軍はそのエリアを立ち入り禁止にする。少なくとも私がいた5月24日まではそうだった。
3月13日、激戦地イルピンで米国人ジャーナリストが銃弾で首を撃ち抜かれ落命した。田中は同じ現場にいた。軍は翌日からここを立ち入り禁止にした。
ジャーナリストが入れなくなることで、実態は闇の中となる。プロパガンダに利用されやすくなるからだ。
イルピンではウクライナ軍が住民を人質にとって立て籠っている、などとするフレーズがツイッターなどで飛び交った。
ところが、避難してくる住民からはまったくそのような話は出てこなかった。ウクライナ軍に付き添われて死地を脱出してきた住民は、皆安堵の表情を浮かべていた。
戦場で何が起きているのか。それを伝えるためにもジャーナリストが戦闘地域に入った方がいい。特に前線での継続的な取材は重要である。
その戦域ではどちらが優勢なのかが分かる。停戦をめぐる動向をつかむ上でも必要である。
ロイター通信によると死亡したメディア関係者はこれまでに32人に上る。
32人というのは地元の通訳兼コーディネーター(フィクサーと呼ぶ)を含めての数だ。彼らあっての取材である。砲弾が降り注ぐなかを一緒に動くのだから。
死者が増えすぎると国際的な世論も厳しくなり、ウクライナへの支援にも影響してくる。
立ち入り禁止はやむを得ない措置なのかもしれない。
あのままイルピンに入り取材を続けていたら、私は確実に死んでいただろう。
私の命は米国人ジャーナリストに救ってもらった・・・と今でも強く思っている。
~終わり~
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皆様のお力で、田中龍作は日本の新聞テレビが報道しない、ウクライナの実情を、伝えることができました。
通訳もリスクにさらすため高額の人件費がかかりました。カードをこすりまくっての現地取材でした。 ↓