「娘をつれて外で食べる時は、“外食しちゃった”という気持ちで、あきらめます。でも、子連れのお客さんも多い私たちの店で、一生懸命作っているラーメンをそんな風に思ってもらいたくなかった」。
鎌倉駅から江ノ電で2駅目、由比ケ浜にある「らーめんHANABI」の伊藤亜貴子さん(店主妻)は、一児(5歳・女)の母だ。お店で『放射能フリー・ラーメン』を提供する理由を語った。
夫婦二人三脚で運営するラーメン店は、グルメサイト“食べログ”で3位になった人気店だ。去年の5月にスープと麺の放射能測定をし、その後他の食材も産地を限定して使うようになった。
麺はカナダ産の小麦を使った自家製だ。スープは千葉産の鶏がら、愛媛産の煮干し、愛知産の豚骨、長崎産のアジ干しなどから採っている。放射能は不検出だった。
「ラーメンを食べに来る人で、放射能を気にしている人は少ないかもしれません。でも、お金をもらっている以上、無責任なものは出したくない。放射能を気にする事は、私たちにとっては食中毒を気にすることと同じだったんです」。
だが、お店のブログやFacebookで公表したものの、店内での掲示に踏み切るには勇気がいったという。
「ラーメン屋という店柄、地域の人に愛されないとやって行けません。風評被害などと攻撃されてしまうかもと思い踏みとどまっていました。でも、あるとき子どもの保育園の便りを見ていたら“原発事故後、外食はしていない、いつもお弁当を持って行く”という投稿があったんです。それを見て、お知らせを出した方が親切だと思い、公開を決めました」。
チャーシューが鹿児島、味付け玉子は秋田で産地を選んでいるが、ネギや小松菜は地元の鎌倉野菜を使っている。「本当なら、提供する食材を全て検査するべきかもしれません。しかし、私たちにできるのはここまで。計測や産地を厳しく選び過ぎることにより原価が上がってしまったら、今の値段でラーメンを提供できなくなります」。
「(放射能を)厳密に見ている人からしたら甘いと思われるかもしれない。でも、低価格を崩すわけにはいかない。申し訳ないが、あとは自己判断をお願いするしかありません」。
ラーメン一杯700円、価格と格闘の末の決断だったのだろう。亜貴子さんからは、葛藤が感じられた。
お客さんの反応はどうだろうか。
「放射能の対策をしているということは知らなかった。健康的でいいと思うが、自分は放射能を全く気にしてない」。近所の常連さん(男性、21歳)は「うまい、うまい」とラーメンをすすりながら言った。東京から放射能フリーを目当てで食べに来るお客さんもいるが、地域の常連さんでは知らない人も多い。店内で放射能についての掲示が控え目だからだろうか。
原発関連の映画会のお知らせがあった。衆議院選挙の時も争点となった「反TPP・反消費税増税・脱原発」のチラシを貼った。
「原発事故の前だったら、店で政治的な発言はもちろん、自分の意志を出すことはなかった。小さいことかもしれませんが、ちょっとずつお客さんを巻き込む努力をしています」。
亜貴子さんは、母親ならではのたくましくも優しい笑顔で語った。夏には二番目の子供を出産する予定だ。
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