毎日、誰かが抗議の声をあげて立つ東電前プチデモ。きょうはハンドルネーム、モリッチさん(女性・都内在住)が立った。モリッチさんは来週、住み慣れた東京を離れて故郷の山口県に帰り、上関原発反対運動に取り組む。東電前での抗議はこれが最後だ。
モリッチさんが脱原発に目覚めるきっかけになったのは「3・11」だった。それまで原発への関心は薄かった。「調べているうちに山口のオジイちゃんやオバアちゃんが戦ってくれたおかげで上関の自然が守られていることが分かった。涙がとめどなく流れた」。モリッチさんはそれから脱原発運動に取り組むようになった。
彼女は通っていた専門学校もやめた。パーキンソン病の母の看病に役立てようと整体師の専門学校で学んでいたのだった。「原発を何とかしなきゃいけないと思うと、専門学校の勉強が頭に入らなかった」。モリッチさんは当時を振り返る。
「山口への帰郷を前に東電前で最後のプチデモをします」。14日夜、モリッチさんがTweetすると援軍が続々と駆けつけた。所沢から足を運んだ年金生活の女性は、プチデモは初めてだ。「モリッチさんが最後だし、今日はそこそこ暖かくて体の調子もいいんでねえ」。女性は満足そうに語った。
「原発が建つということは地元を騙して汚い金をバラ撒き、それまで穏やかだった家族や友人関係を分断するということです」「子供を守って下さい。大人が子供を守らなくて誰が守るんですか?」―モリッチさんは東電本店の巨大ビルに向かって、体を『く』の字型に曲げながら絶叫した。
脱原発デモで知り合った男性がお別れに訪れた(写真)。男性はモリッチさんが山口に帰郷することを知ると「離れていても目標はひとつじゃないですか。一緒に頑張りましょう」と激励してくれた、という。
「20年間住み慣れた東京を後にすることに何の未練もない。だが、デモ友達と離れ離れになるのが寂しい」。モリッチさんの目には、光るものがあった。