68回目となる終戦記念日、靖国神社は朝から真夏の陽射しが照り付け、蝉しぐれが境内をつつんだ。246万柱の英霊が祀られている神社の景色は、いつもの年と変わらないが、政治の景色は様相が一変した。
国会で圧倒的多数を握る自民党の安倍政権は憲法第9条を改変し、国防軍の創設を唱える。符合するかのように中国船が領海侵犯を繰り返す。
政治環境の変化は参拝者の心理に少なからぬ影響を与えているようだ―
長野県で終戦を迎えた女性(80歳)は、戦争で兄を失った。乗っていた輸送船が南方戦線に向かう途中、撃沈されたのだ。
「平和は大事だ。こちらから戦争を仕掛ける必要はないが、中国に“おいで下さい”ということもない。自分の国は自分で守らなければならない」。彼女は強い口調で語った。
中国江蘇省で宣撫工作にあたっていたという元陸軍兵士(91歳)は、終戦の日、毎年欠かさず参拝に来ている。戦友がここに眠っているからだ。
「戦争は絶対ダメだ。絶対にやるものじゃない」。元陸軍兵士は信念を込めながら言った。
「安倍政権は国防軍を創ろうとしていますが?」
「戦争は国民が許さないし、憲法9条を変えることも国民が許さないと思うが、国防軍という概念は必要だ」。
「どうしてですか?」
「中国が危ないからね」
17歳で志願兵になったという男性(88歳)は、中国の軍備拡張に危機感を抱いていた―
「自分の国は自分で守らなくてはいけない。でなければ中国が侵略してきた時、誰が守るのか? 今の若者は国を守る意識が薄い。私が志願兵になったのは純粋に国を守りたいためだった」。
これまで世論の一部に確実に存在した自虐史観はすっかり影をひそめた。中国脅威論は実際に戦争を経験した世代の間でも動かぬ存在となっている。安倍政権は中国脅威論を上手に利用して日本の軍国化に道を開こうとする。
大メディアの幹部は競うようにして安倍首相との会食にいそしむ。急速に右旋回する政権にブレーキをかけることのできる勢力は見当たらない。「非戦・平和」がこれほど脅かされる政治状況が、戦後68年のなかであっただろうか。
正午の時報とともに1分間の黙とうが捧げられた。境内は静まりかえり蝉しぐれだけが響く。黙とうからややあって誰かが「天皇陛下バンザイ」と叫ぶと、長蛇の列は「天皇陛下バンザイ」を唱和した。気味が悪いほどだった。
「いつか来た道」…それが杞憂であることを願うばかりだ。
≪文・田中龍作 / 諏訪都≫