国鉄時代から続く歴史の中でも稀有な“事件”が起きた。新幹線の運転レバーを握って17年の運転士A氏(48歳)が、埼京線の運転士に異動を命じられたのである。
9月9日、夜勤明けのA氏は現場長(上野新幹線第2運転所長)から「転勤の話があるんだ」と声をかけられた。「職場と職種は調整中」という。
『来るべきものが来たか』。A氏はショックで頭の中が真っ白になった。
氏は会社(JR東日本)の御用組合であることを否定する「JR東日本輸送サービス労働組合(JTSU)」の役員を務める。
組合(JTSU)の仲間が会社から狙い撃ちされて不本意な職場や職種に異動させられていくのを目のあたりにしてきた。
5日後の9月14日、現場長から呼び出され、「(職場は)大宮運転区。(職種は)運転士」と内示を受けた。
A氏は職場長に「これまでの経験を活かして若手の育成、そして今の職場でレベルアップを目指したい」と異議を唱えたが、聞き入れてもらえなかった。
年間の手取りで20~30万円は減る。大学1年生の長男と高校3年生の次男を抱えるA氏にとって、大きくこたえる。
埼京線が悪いというのではない。F1レーサーに路線バスを運転させるに等しい配置転換なのである。
A氏の場合、在来線の運転士を10年つとめ、安全運転のスキルを十分に積んで、念願の新幹線運転士となった。
A氏が所属する上野新幹線第2運転所では10月1日発令の異動で5人が転勤する。
うち3人はJTSUの組合員で、まったく希望していない職場への配置転換だ。
他の2人は会社と協調路線を取る労働組合の組合員で、ほぼ希望通りの異動だ。
~現場を知悉する教育者を粛清~
会社にとって不都合な労働組合員は職場の要であろうが配置転換されている。
ジョブ・ローテーションが始まった4月から、「指導担当」と呼ばれる運輸職場の教育者13人が配置転換された。全員がJTSUの組合員だ。(東京支社管内に限る)
「指導担当」はベテランの鉄道マンで人格的にも優れている。影響力があるため会社にとっては目障りだったようだ。こうなると粛清と表現しても差し支えない。
JR東日本東京支社管内で10月1日付の異動は44人。うちJTSU組合員はほぼ4分の3にあたる30人を占める。(JTSU調べ)
大半は希望していない職場への転勤だ。狙い打ちの感は否めない。
ジョブ・ローテーションは「異動は人を成長させる」のモットーでJR東日本が採り入れた人事施策だが、熟練のスキルを台無しにしてしまう側面もある。
現場からは「ジョブ・ローテーションにより要員不足が起きている」との悲鳴があがる。要員が不足すれば、一人当たりの仕事量が過重になるからだ。
JR東日本東京支社の管内では、昨年度(2019年4月~2020年3月)1年間で、580件以上のミスや事故が発生した。前年から80件余り増えた。
このうち重大事故につながるオーバーランは140件を超える。前年より40件余りも増えた。
赤を青と間違える信号見落としは20件も発生している。
乗客乗員107名の命を奪ったJR福知山線の大事故(2005年)は、列車が直前にオーバーランを起こしていた。オーバーランは大事故の予兆なのである。
スペシャリストをないがしろにし、社員の仕事量を過重にするジョブ・ローテーションは、鉄道の安全を危うくする。
~終わり~
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