アルメニアにはプーチン政権の徴兵を逃れて来たロシア人青年が約10万人いる、とされる。アルメニア経由で第三国に行くこともあり正確な数字は把握できていない。
3か月前にロシアを脱出したチェルネンコ氏(仮名38歳)にエレバンで話を聞いた。
モスクワ在住だった氏はモーターサイクルショップの店長を務めていた。
氏がロシアを脱出してエレバンに着いたのは2022年10月27日。交通手段はモスクワ発の飛行機だった。
「航空会社はアルメニアのFlyArna。アエロフロートなどロシアの航空会社だと怖いから」。
徴兵忌避の青年たちのラッシュでモスクワ空港が大混雑したのは9月。氏が脱出したのは10月下旬。その頃になるとすでにラッシュは収まっていた。
プーチン大統領が動員令に署名したのは9月21日のことである。
脱出先をアルメニアに選んだ理由は「ビザが要らないから」。敷居が低いこともあり同国では多くのロシア人が働いている。
チェルネンコ氏は赤紙にあたる動員通知書が届く前に脱出した。「自分の所にも動員通知書が届くのではないかと思い、いつも怯えていた」。
話を聞いていて感じたのは、秩序立っての動員ではなかったのではないか、ということだ。氏は「警察が手当たり次第に青年を捕まえて連行していく光景を見た」と語る。
「戦争に批判的なコメントをSNSで発信したりするとウクライナの戦線に送られる」という。
妻と子供2人は遅れてアルメニアに来た。家族4人でエレバンのアパート暮らしである。
チェルネンコ氏はオンラインショッピングの運営で収入を得る。まだ収益のメドは立っていない。
妻はグラフィックデザインで月1千ドルを稼ぐ。妻がモスクワに所有するアパートの家賃収入を加えて一家四人どうにか生活してゆける状態だ。アパートとていつプーチン政権から差し押さえられるかもしれない。「心配だ」。
「戦争が終わってもロシアには帰りたくない」。チェルネンコ氏は首を横に振った。
旧ソ連は長引くアフガニスタン戦争で戦費を使いすぎ崩壊した。「ロシアもウクライナ戦争でそうなると思うか?」と田中は聞いた。
「オフコース」「ロシアに希望はない」。チェルネンコ氏は眼差しを遠くに向けながら答えた。
~終わり~