リカ・ザッカリヤンさん(フォトジャーナリスト=28歳)は、ナゴルノ・カラバフ戦争の不条理を訴えるため、映画製作者らと共に昨年秋からノルウェー、アメリカ、ポーランドなどを歴訪していた。
自らの原作で自らが主演したドキュメンタリー映画『Invisible Republic』を手に世界行脚していたのである。
12月、アルメニアに帰国すると、生まれ育ったナゴルノ・カラバフが恐るべき事態となっていた。隣国のアゼルバイジャンに事実上軍事封鎖されていたのである。
自宅に戻ろうにも戻れない。カラバフに閉じ込められたままの年老いた父と母が心配だ。母は胆石の手術をしたばかりである。
リカさんは現在、エレバンに住み、本職のジャーナリスト稼業で生計を経てている。
彼女と田中の出会いは2020年に勃発した第2次カラバフ戦争である。リカさんは爆撃で火柱が上がる街の中を縫うようにして走り、カメラのシャッターを切っていた。
普通の人は足がすくむ。「怖くないか?」と田中が聞くと、彼女は「そりゃ私だって怖いわよ」と言いながらも、次のように答えた―
「戦場は私に力を注入してくれる」「そして私はとても強くなる」
この人は戦場カメラマンになるために生まれてきたような女だ・・・田中は鳥肌が立つ思いだった。
生まれ育った環境と血がリカさんをそうさせたのだろう。
父親はパルチザンとして第一次ナゴルノ・カラバフ戦争(1991~94年)で銃を取った。「俺の魂にはサムライが宿っているんだ」が口癖だ。戦闘で左目を失明。義眼である。
アルメニアはナゴルノ・カラバフの領有をめぐって隣国アゼルバイジャンとの間で衝突が絶えない。リカさんは係争のド真ん中で産声をあげ、銃声や砲声を子守り唄のように聞きながら大きくなった。
戦争のリアルを伝えるジャーナリストは、戦場の中で育まれる。因果な商売ともいえる。
ドキュメンタリー映画『Invisible Republic』がワルシャワ映画際など国際的に権威のある映画際に出品されたこともあって、リカさんは一躍時の人になった。
アルメニアの首都エレバンの国際映画祭では大賞を受賞した。フリーの戦場ジャーナリストを国が高く評価しているのだ。国家の危機を世界に訴えたのだから当然の報いといえよう。
日本がもし戦争に巻き込まれたらマスコミは安全な所に避難するだろう。戦争のリアルを伝えるのはフリージャーナリストなのだが、評価においてアルメニアとは雲泥の差がある。
~終わり~