2020年秋、ナゴルノ・カラバフの領有をめぐってアゼルバイジャンとアルメニアが本格的な戦争に突入した際、仲裁に入ったのがロシアである。
国連の平和維持軍ではなくロシア軍が平和維持部隊(ピースキーパー)として、ナゴルノ・カラバフに駐留することになったのだ。
軍事力において圧倒的に劣るアルメニア民族にとってロシア軍の存在は頼もしい限りであった。ところが2年経つか経たないうちに平和を維持できなくなった。
その結果アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフを事実上軍事封鎖してしまった。何のための平和維持部隊だったのか。
アゼルバイジャンは昨年9月にもアルメニア本土を爆撃した。ロシアは軍事同盟「集団安全保障条約機構」(CSTO)の盟主であり、アルメニアは同盟国である。
にもかかわらず、ロシアはアゼルバイジャンに反撃しなかった。アルメニアのパシニャン首相が不満を公言するのも道理である。
ウクライナとの戦争でロシアの軍事力は弱まった。そこをアゼルバイジャンにつけ込まれた、との見方もある。
田中はロシアをディスっているのではない。紛争地帯において平和は軍事力の均衡によって成り立つ。均衡が失われれば平和は崩れる。ガラス細工のように脆いのである。
アゼルバイジャンとアルメニアは帝政ロシアの支配下であろうが、ソ連のくびきに置かれようが、熾烈な衝突を続けてきた。互いに殺戮しあい家屋と土地を奪いあった。
ソ連が崩壊すると一気に本格戦争へと突入した。第1次ナゴルノ・カラバフ戦争(1991~1994年)である。均衡が豆腐のように崩れたのだ。
10年以上も前になるが、田中はアゼルバイジャン側からも取材した。第一次戦争でナゴルノ・カラバフを追われるアゼルバイジャン難民が大量発生した。
真冬に川を歩いて渡ったため凍傷になり足が壊死した少女がいた。それでも逃げなければ虐殺されるのである。実際、逃げ遅れた同胞は虐殺された。
土地の奪い合いがあり殺し合いが繰り返されると、敵対民族への憎しみはDNAに刻み込まれ、増幅される。
「ロシア軍がもしナゴルノ・カラバフから撤退するようなことにでもなればジェノサイド(大量虐殺)が起きる」。同地域に住むアルメニア人の定説となっている。
「ロシア離れ」を見せるアルメニアへの当て付けで、プーチンがアゼルバイジャンの横暴を許している・・・とする穿った見方もある。
米国の陰謀があろうがなかろうが、ジェノサイドが起きてしまってからでは遅いのである。
~終わり~