TPPのお膳立てとして安倍政権が目論む解雇規制の緩和。その先駆けとなる解雇事件をめぐる裁判の3回目の口頭弁論が15日、東京地裁で行われた。事件の舞台はグローバル企業の代表格で米国に総本山があるIBMだ。
日本IBMは労働組合がオープンショップ制(※)であることから、大量解雇があったとしても正確な人数は把握しにくい。それでもリーマンショックのあった2008年秋は3ヵ月の間に1,300人が退職したことが、別の裁判の過程で明らかになった。
業務成績の下位15%の社員がリストラ目標と見られている。退職者が猛烈なペースで出る仕組みがある。(従業員数1万4千人)
2012年7月から9月にかけては、大量退職者が出たものと見られている。ほとんどが自主退職の形をとる。
技術者のAさん(40歳)のケースはこうだ。9月18日、夕方5時過ぎ、上司から会議室に呼び出された。上司はAさんが部屋に入るといきなり「解雇通告」の文書を読み上げた。
会社側は業務成績の不良を解雇の理由とした。Aさんは上司から「(退社時刻の)5時36分まで会社を出ていくように」と告げられた。問答無用で叩き出されたのである。ロックアウトだ。
解雇の日付は8日後の9月26日だ。一方で「ただし2日以内に自己都合退職の届出を出せば、解雇を取り消す。退職加算金を上積みし、再就職の支援もする」との交換条件を提示した。
Aさんは退職を拒否。同様に退職を強要されたBさん、Cさんと共に3人で10月15日、「地位確認」とその後の「この間の未払い賃金の支払い」を求めて東京地裁に提訴した。
(労働基準法第20条は「使用者は30日前に予告しない場合、向こう30日分の給料を労働者に支払う」と定めている。そこはしっかり払っている)
~実現不可能な業務改善プログラム~
多くの社員は会社側からの「退職勧奨」をのむ。裁判に持ち込んで労力と費用をかけても必ず勝てるとは限らない。それよりも加算が付いた退職金をもらい、再就職支援を受けた方が得策ではないかと考えるからだ。
Aさん、Bさん、Cさんはそれを拒否して裁判に訴えたのである。3人とも会社側にとっては煙たい存在だった。
Aさんは社内の不正を告発しようとしていた。Bさんは労働組合員。Cさんは残業代の不払いを求めて提訴したこともある。
IBMの退職勧奨は巧妙だ。会社側に不都合な労働者を狙って退職に追い込んだことにならないような仕掛けがある。代表例が業績評価と業務改善プログラムだ。
業績評価はAさんの訴えによれば、誰と比べているのか、母集団はどうなっているのか示されていない。
業績評価が低ければ業務改善プログラムが課されるのが、到底達成できないノルマが設定される。裁判に持ち込まれても会社側は「この人物は促したのだが改善が見られなかった」と解雇の合理的な説明をすることができるのである。
この方法を使えば、会社側は誰でも何人でも解雇できる。
15日の口頭弁論でAさんは意見陳述した。「こんな抽象的で些細な事が果たして解雇理由になるのかと強く疑問に思う。当時、それらが懲戒対象にあたるとの説明は一切なかった」。
解雇規制の緩和を望んでいる経団連が羨むほど見事な日本IBMの退職勧奨。Aさんら3人の裁判は、結果しだいでは会社が雇用を意のままにできるようになり、国家はそれにお墨つきを与えることになる。
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(※)オープンショップ制
労働組合へ加入するかどうかを労働者の自由意志に任せる制度。組合員と非組合員で労働条件に差異はない。日本の会社に多いユニオンショップ型組合(労働者は入社後全員組合に加入する)と異なり、組合側は社員の解雇事実などを把握することが難しい。
(ショップ:労使協定のこと)