首相官邸につながる道路と六本木通りが交わる交差点。目の前には原子力規制庁の準備室が入っていた合同庁舎4号館がそびえ立つ。♪再稼働反対、原発廃炉♪を合唱しながら行進するドラム隊のリズムに合わせて、ホイッスルを吹くフランス人男性がいた。家族(妻、娘2人)もドラム隊を楽しそうに見つめる。
エマニュエルさん(42歳)は、仙台出身の妻・千里さん(40代)、長女のハルナさん(12歳)、アカネさん(9歳)と共に先月末、来日した。妻の千里さんにとって「3・11」後、帰国するのはこれが初めてとなる。
「『お母さんの祖国はこうなんだよ』と娘たちに分かってほしくって」。千里さんは帰国の理由を話す。福島の隣県への帰郷は、ガイガーカウンター持参だった。
「夫のエマニュエルさんは心配しませんでしたか?」と聞くと、「心配だけど祖国だから…」。千里さんは夫を説きふせたのだろう。
エマニュエルさんは南仏アビニョンの近郊でパン屋を営む。電気を使わずに薪を燃やしてパンを焼くそうだ。「原発事故が起きたら小麦がダメになる。水も薪も使えなくなり、パンを作れなくなる」。エマニュエルさんは肩をすぼめた。
「日本の首相は原発を再稼働すると言っていますが、どう受け止めますか?」
「間違っている。日本は島国で水力も風力も使える。ヨーロッパでは風力発電などで原発から抜け出そうとしているのに、事故を起こした日本がなぜ原発を続けるのか」。エマニュエルさんは合点が行かない様子だった。
妻の千里さんは「(安倍首相の再稼働容認発言に)フランスの皆はショックだった」と話す。「(日本は)あんなことがあったのに、何事もなかったかのような日々が続いている」と続けた。
チェルノブイリ事故とならぶ史上最悪の原発事故から、まだ2年と経っていない。にもかかわらず惨劇はすでに風化しつつある。久々に帰国した千里さんの目に映る祖国の姿だった。
《文・田中龍作 / 諏訪都》