NATOの力が弱まれば、セルビアがすかさず攻め込んでくる。必至だ。日本人には理解し難いだろうが、軍事力によって平和な暮らしが維持される地域もある。世界の現実である。オリジナルは2024年1月。
■ ■
プリシュティナ空港に着きホテルまでタクシーに乗った。
カーラジオから流れてきたのは哀愁を帯びた独特のアラブ音楽だった。数百メートル走るごとにモスクが目に飛び込んできた。
♪アラーアクバル♪ メロディアスなアッザーン(礼拝の呼びかけ)が空に響く。
ここは本当にヨーロッパなのか? 頭の中が混乱した。
さらに不思議な光景が現出する。米国のクリントン元大統領の銅像が街の真ん中に麗々しく立っているのだ。
理由はこうだ―
セルビア共和国の自治州だったコソボは、人口の1割に過ぎないセルビア人が、人口の8割以上を占めるアルバニア系住民を支配していた。
アルバニア語を話していただけでセルビア人警察官に撃ち殺された。虐殺は日常茶飯事だった。
苛烈な弾圧にアルバニア系の武装勢力KLA(コソボ解放軍)が蜂起し、セルビア政府軍と本格的な交戦状態となった。1998年のことだ。
圧倒的な武力格差により民族浄化が起きた。アルバニア系住民85万人が隣国に難民となって逃れた。(国連広報センター)
人道外交を掲げていたクリントン米大統領(当時)が主導し、NATOがセルビアを空爆した。1999年のことだ。
NATOの軍事介入がなかったら、アルバニア系住民は住み慣れた地を追われ、殺され続けただろう。
国連安保理決議なき空爆との批判があるが、決議を採ろうにもロシアの反対で不可能である。
コソボは現在も、NATO(KFOR)が平和維持部隊として駐留しており、アルバニア系住民は安全に暮らす。
田中は投宿するホテルの従業員(30代・女性)に「NATOを尊敬するか?」と聞いた。
「オフコース」。彼女は間髪を入れず答えた。
NATOの力が弱まれば、セルビアがすかさず攻め込んでくる。必至だ。
日本人には理解し難いだろうが、軍事力によって平和な暮らしが維持される。世界の現実である。
~終わり~
◇
読者の皆様。
田中龍作が紛争地で直接見たこと聞いたことを記事にしています。世界でたった ひとつ しかない情報です。
紛争地取材は通訳やドライバーへの危険手当などで費用がかさみます。
皆様のお力で取材を続けさせて下さい。何とぞ御願い申し上げます。 ↓