開戦から83日目、5月19日。
ブルーと黄色のツートンカラー。ウクライナ国旗の意味を御存知だろうか。
ブルーは青空を、黄色はたわわに実った麦の穂を表しているのである。
ウクライナ国民の命の源をロシアは2度にわたって危機的な状況に陥れた。
1度目はホロドモールである。1932~33年にかけてウクライナを襲ったホロドモールは、スターリンの失政がもたらした人為的な飢饉だ。
農業生産の摂理を無視したコルホーズにより、ただでさえ収穫が落ちていたところに、スターリンは外貨稼ぎのため収穫量以上のノルマを課したのである。
農民はじめウクライナの民は食料を失う。家畜はもとより犬や猫を食べた。草をはんだ。
400~700万人が餓死したと伝えられている。道路上に死体が散乱しているさまを撮影した写真は、ホロドモールの凄絶さを物語る。
ロシア軍が侵攻したブチャで、散乱した遺体の衛星画像が世界に衝撃を与えたが、90年も前に同様のことが起きていたのである。
2度目は今回の戦争である。マスコミ報道によれば、ケルソンなどロシア軍が占領している地域では倉庫が襲われ穀物が略奪された。
激戦地では麦畑やひまわり畑が地雷原となった。今年の収穫は望めないのである。
首都キーウから東に50㎞のゴーゴレフ村で農民に話を聞いた。村には地雷原となった麦畑やひまわり畑もある。
農作業中のターニャさん(女性60歳=写真最上段)に停戦について話を聞いた。
「ロシア軍には(今後)一歩たりともウクライナの地に踏み込ませない。最後の血の一滴まで戦う。自由のために」。ターニャさんは声を震わせ怒りをぶちまけるように語った。
ターニャさんが特別に勇ましいのではない。
アゼルバイジャンから土地の75%を奪われたナゴルノ・カラバフ自治州の女性が言った。
「またアゼルバイジャンが攻めて来たらカラシニコフで戦車に突っ込む」と。
土地を踏みにじられた人々の怒りは、平和な国にいると理解できないのだ。
話をウクライナに戻そう。
トラクターの手入れをしていたアンドリュウーさん(男性・30代)は「ホロドモールはまた起きる可能性がある」と指摘する。
理由を聞くと「ヘルソンで起きている穀物倉庫からの略奪や、各地であった食料の略奪がロシア軍の体質を物語っている」と答えた。
農民が穀物を奪われたように、都市住民は仕事をなくし住み家を破壊された。
ウクライナ第2の都市ハリコフから逃れてきたコシュテンコさん夫婦はこの典型だ。
夫は「私たちはどんな犠牲を払ってでも平和を望むという訳ではない。多くの命が奪われ、家屋が破壊された。あまりに多くの犠牲を払い過ぎた」と語る。
妻は「我々は勝つしかない」と淡々と話す。理由は「ロシアはいつも約束を破るから」というのだ。夫妻は声を合わせて言った。
戦争に勝って停戦しない限り、再び侵略され、もっと悲惨な目に遭う。
私が投宿するホテルの従業員に「プーチンがこの戦争を止めるまで宿泊するよ」と言うと、従業員は怪訝な顔をして「戦争が終わるのは我々が勝つ時」と言ってのけた。
観光は平和産業の最たるものである。戦時中は客が減るホテルの従業員までが、こう言うのである。
「国民の意に反してゼレンスキ―大統領がプーチンとの間で停戦合意を結ぼうものならマイダン(親ロ政権転覆運動)になる」。地元ジャーナリストは語った。
私は数えきれないほどの村と街を回り人々の話を聞いた。
ゼレンスキー大統領をして徹底抗戦させているのはウクライナの民なのである。
~終わり~
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