開戦から82日目、5月18日。
ロシア軍兵士の戦争犯罪を裁く刑事法廷が、この日、キーウ市内のソロメンスキー地裁であった。
戦勝国が敗戦国の戦争犯罪を裁く軍事法廷ではない。ロシア軍兵士4人が問われているのは殺人と強盗の罪である。裁判官も検事も日頃は一般の刑事裁判に携わる法曹人だ。
4人はモスクワ州第4カンテミール機甲師団に所属するいわゆる兵隊である。
私は4人のうちワディム・シシマリン被告(21歳)の法廷を取材した。
起訴事実によると―
事件は部隊が潰走する過程で起きた。場所はロシア国境のスムイ州。
州都スムイ市で本隊がウクライナ軍の攻撃に遭い壊滅したため、ワディム被告らは戦車や装甲車などわずか5台の小隊で南下していた。2月28日のことだ。
小隊の車両も州都から60㎞地点のシューパーキフカ村でウクライナ軍の砲撃に遭い、移動用の車両を失った。
落ち武者となった彼らは、村人の車を襲うことを企図する。計2台の車をカラシニコフAK47で脅し強奪した。この時点では民間人を殺害していない。
この後、自転車の男性(62歳)を射殺することになる。男性が携帯電話を使用していたためだ。ワディム被告は男性の頭を撃ち抜いた。ウクライナ軍に自分たちの居場所を知らされることを警戒したのである。
だがTDF(領土防衛隊)と戦闘になり、ロシア兵1人が死亡、1人軽傷。
この間わずか1時間である。2月28日午前10時から11時までの出来事だ。
翌3月1日、5㎞南西のぺラルフ村まで敗走した4人は、農家の豚小屋に隠れていたが、食料と水が尽き投降した。
法廷では4人の罪状認否が行われ、ワディム被告は起訴事実を認めた。
有罪が確定すれば最長で無期懲役となる。ウクライナに死刑はない。
非戦闘員を殺害し略奪を重ねる。どの村や街に行っても住民の目撃談として聞く。
ロシア兵による戦争犯罪は少なく見積もっても数千件にのぼるだろう。一つひとつ裁いていたら幾つ法廷があっても足りなくなる。
腑に落ちないことがある。今回の侵略戦争を発動した残忍な独裁者が裁かれないことだ。
~終わり~
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