エスカレーターの最下段は地の底に吸い込まれていて見えなかった。さらに驚くのは、エスカレーターはこれで終わりではない。駅のホームに辿り着くにはもう一基エスカレーターに乗らなくてはならない。
キエフ地下鉄のアルセナーリナ駅は地上からの深さ105.5メートルの所にあった。同駅は、東京で言えば銀座駅にあたるフレシャーチク駅の隣の駅だ。
キエフの地下鉄はソ連統治下の1960年代に開業した。友人が地下鉄の設計に携わったという男性(70代)によれば、地下鉄はそもそも核戦争の際のシェルターとして作られた。
「沿線には水や食料を貯蔵している場所もあって、人も住めるようになっている」と話す。
ソ連から独立して30年余りが経った今、利用者に「空爆があったらシェルターとして逃げ込むか?」と質問した。
「他のシェルターがなければ来る」(スリトラーナさん=医師・50代女性)
「人がたくさん集まって空気が少なくなるので、私は利用しない」(ラチャナさん=音楽家・60代女性)
ソ連時代は地下鉄に限らずビルや民家の地下がシェルターだった。
だが独立後、シェルターは駐車場や倉庫に変わり、めっきり少なくなった。
ソ連統治下のウクライナはNATO諸国に向けた核ミサイルの前線基地だった。ソ連は西側諸国のノド元にナイフを突きつけていたのである。
それが、いま攻守ところを変えようとしている。
万が一にでもロシアの空爆があり、キエフ市民がシェルターを求めて逃げ惑うとすれば、あまりに歴史は皮肉である。
~終わり~