デモに参加する場合、信頼できる友人に自分の名前、香港ID、電話番号を残していく。妻帯者は妻に「デモに出てくるよ」と言い残す。デモから帰ってこなかったら弁護士に連絡してもらう・・・これがデモ隊のスタンダードだ。
逮捕されそうになった場合は、自分の名前、香港ID、電話番号を大きな声で叫ぶ。だが機動隊から顔を殴られ、首筋に乗られたのでは声も出せない。
一人者が友人にも告げずデモに行くのは自殺行為に近い。逮捕された場合、行方不明となってしまうのだ。殺されても闇に葬られる。
8月31日、太子駅構内が屠殺場と化した事件があった。警察は否定するが、行方不明者が出ているというのが、市民の間では定説となっている。
MTRが駅構内の防犯カメラ映像の一部しか公開しなかったことが、行方不明説をさらに説得力のあるものとした。
深圳そばの山中にあって人権が蔑ろにされているとの指摘が絶えない「新屋嶺(サンオクレン)拘置所」・・・香港の民主派を震え上がらす警察施設は、行方不明問題の核心を握る。
27日夜、新屋嶺拘置所の人権問題に抗議する集会が香港島中心部のエディンバラ広場で開かれた。回りの公共スペース、歩道、立体駐車場にまで人が溢れた。日本にたとえるならこうだ。会場の神宮球場が満員になり、神宮外苑にまで人が溢れた。
参加者は1万人をゆうに超えた。強い危機感の表れだ。
同業者が行方不明になっているという男性の話を聞いた。行方不明者(男性20代後半)をAさんとしよう。Aさんは8月31日、事件のあった太子駅を利用した。
1ヵ月近く経った今も行方不明だ。会社に出勤してこないので社長はAさんをすぐに解雇した。Aさんは一人者で家族はいない。弁護士に依頼する人がいないのだ。
新屋嶺拘置所での接見経験が豊富な弁護士も「行方不明者は接見のしようがない」と顔を曇らす。
この日の抗議集会では、太子駅事件で逮捕され、新屋嶺に24時間留置された中文大学の学生(女性)が、マイクを握った。
「トイレとシャワーは仕切りがない。周りは真っ暗だった。男性警察官に見られていても、それが分からない」。
新屋嶺に送られる被逮捕者は大ケガを負っている。「複数個所の骨折」「脳内出血」…治療にあたった医師、看護師の証言だ。
「行方不明者とは死者なのではないか」との指摘が根強くあるのは、このためだ。
劣悪な人権状況と情報非公開がもたらす行方不明。新屋嶺は香港に迫りくる中国の象徴でもある。
新屋嶺に送られてもデモに参加するか? 田中は集会参加者に聞いた。
子供が2人いる40代の男性は、にべもなく「参加する」と答えた。17歳の女の子もきっぱりと「参加する」と話すのだった。
中国共産党の恐怖支配にも怯んでいないのが香港の民衆だ。
~終わり~