線香の煙が大晦日の風に揺れていた。9基の卒塔婆は今年、他界が確認された野宿仲間の供養のために“立てられた”。うち名前が判明しているのは5人だけ。戒名はない。
卒塔婆といっても白木の板ではなく段ボールだ。名前の分からない4人は、名前の代わりに死亡場所がフェルトペンで書かれていた。
1人の名前に覚えがあった。竹本弘和さん(仮名・享年53歳)。2015年1月厳冬の夜、竹本さんは宮下公園北隣の神宮通公園に閉じ込められた。施錠したのは渋谷区の下請け業者だ。
糖尿病で手足にしびれのある竹本さんは、自分の背丈ほどもある公園のフェンスを乗り超えることができない。「このままでは凍死してしまう」。竹本さんは通行人に頼んで救急車を呼んでもらい、難を逃れた。
竹本さんは宮下公園を強制排除されたため、隣の神宮通公園に来ていたのだった。この秋、持病が悪化、他界した。
越年越冬は毎週1回の炊き出しとは別の顔ぶれが加わる。大型テントの中で、毛布にくるまって寝られるのが人気の理由だ。襲撃される心配もない。
野営と炊き出しの場として長く親しまれてきた宮下公園は野宿者にとって、いまなお『命をつなぐ場所』なのである。
野宿(ホームレス状態)は、特別な世界ではない ―
非正規労働者が病気になり、働けなくなる→収入が途絶える→家賃が払えなくなる→役所はあの手この手で生活保護を受けさせまいとする→路上に弾き出される・・・過程と結果はいたって単純だ。
誰もが野宿者となる可能性をはらんでいるのである。
宮下公園での越年越冬は今回が最後となる可能性がある。渋谷区が公園を商業ビルに建てかえるからだ。
ビルはオリンピック(2020年)に間に合うよう2019年夏の開業を目指しており、早ければ2017年夏、着工となる。宮下公園は解体され、更地となるのである。
「(工事を)止めてくれと言っても、(渋谷区は)やってくるだろうね。みんな自分の問題として声をあげてほしいね」。路上に弾き出されて9年という野宿者は、淡々と語る。諦めがついている風でもあった。
~終わり~