戦意を喪失した軍隊は思わぬほど開けっぴろげだ。クリミア半島南端セバストポリ郊外のウクライナ軍ミサイル基地を訪ねた。門番の兵士に「日本人ジャーナリスト」と告げると、ややあって副司令官が出てきた。
副司令官は「どうぞ中へ」と言う。狐につままれているようだった。基地は軍事機密そのものである。重要な施設にどこの馬の骨とも分からぬ外国人記者を入構させるのが、不思議でならなかった。
ゲートは狭かったが敷地は広大だった。構内の撮影は許可されなかった。筆者は「ここにミサイルはあるのか?」と当たり前の質問をした。副司令官は「ミサイルはある」とニベもなく答えた。
「ソ連時代、ここに核はあったのか?」と単刀直入に聞くと、副司令官は「核はここにはない。ウクライナ本土に設けられていた軍事地帯の地下にあった」と明かした。
ソ連崩壊(1991年)後もウクライナには核が残った。ソ連崩壊を受けて開かれた国連軍縮会議を思い出す。国際社会が最も恐れていたのは、リビアなどのならず者国家に旧ソ連の核が流出したりはしないか、ということだった。核の解体のためウクライナに赴いていたというアメリカの技術者も会議に出席していた。
筆者はこの技術者をトイレで捕まえて「核はどこに流出したのか?」と愚直に問いただした。技術者は「It’s rumor. It’s rumor. (噂だ) No evidence. No evidence(証拠がない)」と2度繰り返しながら ぎこちなく 首を振った。
ソ連崩壊から3年後の1994年、ウクライナの核はすべてロシアに移された。同時にウクライナはNPT(核拡散防止条約)に『非核兵器国』として加盟した。アメリカはここまで持って行くのに膨大な労力を割いたのである。
それから20年、今回のウクライナ危機である。クリミアは間もなくロシアに併合されるだろう。ウクライナから離れるクリミアは、NPTの『非核兵器国』ではなくなるのだ。
クリミアがロシアの一角を占めることになれば、ロシアの核の最前線が西に前進する可能性もある。米国がロシアのクリミア併合にやっきになって反対する理由がここにある。09年ノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領が唱える「核なき世界」は空念仏となる。