空の青さがそのまま海に溶け込み、180度の視界が広がる。牛はのんびりと草を食んでいた。三菱重工の原発建設予定地であるシノップのインジェ岬は自然そのものだ。
岬の大半は国有林で森林庁の管理だが、広大な敷地を要する原発が建設されれば、絵葉書のような景色は損なわれる。
夫の家系が1863年から先祖代々灯台守を務めてきたという妻は、原発建設について「政府からは知らされていない。マスコミ報道で知った」と話した。
景観破壊もさることながら海の環境破壊が心配になる。シノップ漁協のアリ・バイラック組合長(63歳)にインタビューした―
記者:原発はシノップの漁業にどのような影響を及ぼすと思いますか?
組合長:明らかに悪影響を及ぼす。温排水だ。海水の温度が上がると魚は別の所に行ってしまう。(全漁獲量の)80%はあの辺(インジェ岬沖=原発建設予定地沖)で獲れる。海水温が上がると魚が来なくなるだろう。
記者:風評被害のような影響も出てきますね?
組合長:(かりに獲れたとしても)放射能の入っている魚と言われてしまう。シノップの魚はイスタンブールでも有名だが、(原発ができると)評判が下がる。原発ができるというだけでイメージダウンになる。
記者:インジェ岬沖は、魚の産卵海域と聞きましたが?
組合長:あの辺は地中海からタラやカツオが産卵に来る。それが来なくなる。
記者:電力会社が漁業権を買い取ると言ってきたら、どうしますか?
組合長:カネでは売れないね。子どもたちのためにもこの海を守る。
記者:チェルノブイリ原発事故(1986年)の時は心配ではなかったか?
組合長:この地方の紅茶の葉からセシウムが検出されたりした。(しかし)あの時は放射能のことなど知らなかった。今はみんな知っている。ガンになることも。
記者:福島の事故をどう思うか?
組合長:とても残念だった。原発に頼らずに風力、水力発電を活用すべきだ。
記者:原発建設が始まったらどうするか?
組合長:これまで漁業で生きてきた人間が、他に何ができる? 民主的な方法で抵抗する。
記者:日本の原発がここに持ち込まれようとしていますが?
組合長:日本人とは仲良くしたい。ケンカはしたくない。
シノップ漁協は組合員数5,000人。カタクチイワシ漁が中心。「黒海は全体的に魚の数が減っている」とアリ組合長は話す。1人当たりの収入は6~12万円/月。
漁師一個人は「原発」をどう受け止めているのだろうか。海岸で漁網を編んでいたルーシュン・ギュルさん(63歳)に聞いた―
記者:すぐ近くに原発ができるが?
漁師:原発は必要ない。(漁に)悪影響が出るから。若い人の雇用がないから、原発はあった方がいいかもしれないけど。
記者:収入はいくら位ですか?
漁師:……(無言)。漁師をやってるだけじゃ食ってゆけない。赤字の人もいる。みな漁協に借金して大変な思いをしている。それでも原発ができたら漁がますますダメになってしまう。
低い収入にあえぐのは農家も同じだった。原発建設予定地すぐそばでトウモロコシや小麦を栽培するレジェップ・アルトゥンタシュさん(35歳)は、妻と2人の子供を抱える。1ヵ月の収入は5万円弱という。
「原発が来たら土地を売っちゃう」。建設用地にかかるかどうかも分からないのに、レジェップさんは希望をふくらませるようだった。
主要都市から遠く大きな産業はない。若者は都会へと出て行き、残された人々は貧しい生活を強いられる。原発が持ち込まれる構図は日本と同じだ。シノップの入り江が若狭湾にオーバーラップして仕方がなかった。
◇
関西の篤志家S様ならびに読者の皆様のご支援によりトルコ取材に来ております。