
「原発再開を認めず」に投票する有権者。=12日、フィレンツェ市内投票所 撮影:田中龍作=
イタリアは大変な労力をかけて法的拘束力のある国民投票まで実施して「原発を再開(建設)しない※」と決めていた。2011年6月、福島の原発事故から3ヵ月後のことだ。(※国内4基の原発は廃炉作業が進んでいる)。
田中はすぐイタリアに飛んだ。
イタリア最高裁が国民投票の実施を支持したのは、2011年1月12日のことだった。福島原発事故より2か月も前である。
イタリアでは1995年以降7回の国民投票が実施されたが、いずれも投票率が低かったため否決されている。この時も危ぶまれていた。
ベルルスコーニ首相が支配するメディア(新聞・テレビ・雑誌)が「エネルギー源として原子力は必要です」と国民を洗脳してきたからだ。

「ネバー・フクシマ」の大フラッグを見せるカップル。=投票前々日10日、ローマ市内 撮影:田中龍作=
そこに来て起きたのが東電・福島原発の事故(2011年3月11日)だった。イタリア国民への衝撃は大きかった。
もともとは原発容認派だったローマ教皇さえ脱原発にカジを切った。
教皇は「人類に危険を及ぼさないエネルギーを開発することが政治の役割だ」と述べ、自然エネルギーへの転換を促したのである。
市民運動団体「原子力を止めるための投票委員会」(COMTITATO VOTA SI PER IL NUCLERE)も全土でフル稼働した。
田中は団体のオフィスを訪ねコーディネータを務めるマリア・マラーノさんに話を聞いた。
マリアさんは「技術が進んでいる日本であのような事故が起きた。その意味ではチェルノブイリ以上にショックだった」と語った。
マリア・マラーノさんから逆質問を受けた。「日本人は原発をどう考えているのか?」と。
田中は「国民の過半数は原発に反対だが、政府とメディアが原発を推進したがっている」と当時の雰囲気に沿って答えた。マリアさんは「イタリアと同じだ」と応じた。苦笑せざるを得なかった。

市民団体「原子力を止めるための投票委員会」オフィス。=投票前日11日、ローマ市内 撮影:田中龍作=
6月12日の投票日が近づくにつれメディア王ベルルスコーニ首相の妨害工作はエゲツなさを極めるようになった。
TV局のアナに「投票日は13日」とウソを告知させ「12日(本当の投票日)はバカンスに行きましょう」と誘導したのだ。
それでも「原発を再開(建設)させない」国民投票は有権者の94%が賛成票を投じた。法律で原発は再開(建設)できなくなったのだ。
圧倒的な民意で勝ち取った「脱原発」だった。が、イタリア議会では近く原発再開(建設)に向けた法案が提出され可決する見通しだ。
原子力は安定したエネルギー源として、石油のように国際情勢に左右されずに済む。
だが福島の過酷事故は事故処理の方法さえ確立されていないことを示す。汚染水の海への垂れ流しが続く。
「ノド元過ぎれば」は危うい。
~終わり~
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