田中と地元紙記者は広大な難民キャンプを必要以上に歩かなければならなかった。警察と軍の目を避けるためだ。
アゴが出るほど歩いた。その分だけ難民キャンプの様子が つぶさに 窺えた。共同トイレがあるが、し尿は垂れ流しだ。テントは急こう配の斜面に へばりつく ようにしてあった。森を切り拓いて造成したキャンプは、雨季になれば土砂崩れのおそれが多分にある。
劣悪な生活環境なのだが、それでも難民たちは「ミャンマーに帰されるくらいだったら、ここで殺してくれ」と強い口調で言った。
1月23日にも開始との見方が出ていた強制送還は遅れることになった。決定打となったのは国連人権特別報告者ヤンヒ・リー氏の難民キャンプ視察だった。
氏は3日間にわたる視察でロヒンギャ難民の訴えを直に聞いたのである。国連はバングラ、ミャンマー両政府に対して「rethink=考え直せ」とまで迫るようになった。
それでもバングラ政府の強制送還方針に変わりはない。シェイク・ハシナ首相は「早急に帰す」と表明しており、難民問題の最高責任者である政府高官は地元紙記者に「帰すことは決まってるんだ」と答えた。
「死んでもミャンマーには帰りたくない」と叫ぶロヒンギャ難民の声を、バングラ政府は海外に聞かせたくない。ラカイン州での実情が明らかになれば、国際社会は「強制送還するな」の合唱となるだろう。
国連人権特別報告者の難民キャンプ視察の際、取材が許されたのはアル・ジャジーラ1社だけだった。田中が警察にツマミ出されたことは拙ジャーナル(21日付)でも報告した。
大量の難民が漂着した昨年後半は多くのメディアが現地を訪れた。しかしロヒンギャが再び地獄に連れ戻されかねない状態になった今、キャンプを取材するメディアを見かけることはない。
田中が英文でツイートしているのは、世界で最も人口が多い英語圏の人々に事態を知ってもらうためだ。
赤ん坊を生きたまま炎に投げ込む蛮行を繰り返させてはならない。
母親の腕に抱かれた子供が撃ち殺される惨劇を再現させてはならない。
1社でも多くのメディアが、1人でも多くのジャーナリストがロヒンギャ難民キャンプを取材することを願うしだいだ。できれば村人の半分が虐殺されたシュワピン村の生存者たちの話を伝えてほしい。
〜終わり~
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読者の皆様。田中龍作はロヒンギャ難民問題の真相を伝えるためにバングラデシュに来ております。カードをこすりまくっての借金です。ご支援何とぞお願い致します…https://tanakaryusaku.jp/donation