東京上野公園で80歳の老ホームレスが絞殺されテントが燃えた事件で、警視庁はきょう無職の男(26歳)を殺人などの容疑で逮捕した。筆者は凶行の現場を訪ねた。
木立を結ぶように警察の非常線が張られ、テントの残骸と黒こげになった家財道具が所在なく置かれたままだ。場所は上野東照宮の入り口すぐそば。こんもりと盛り上がった一角に5張りのテントが並び、5人のホームレス(野宿者)が暮らす。
隣人の野宿者Aさん(56歳)によれば、殺された老野宿者は信心深く、毎朝小さな仏像を手に上野東照宮や近くの神社仏閣を自転車で回っていた、という。「みんなから“拝み屋さん”って呼ばれて親しまれていたよ」。Aさんは懐かしそうに話す。
バブル崩壊前まで、野宿者は数えるほどだった。不景気が長引くと仕事を失った人が住居も失い、次々と路上に弾き出された。厚労省が初めて行った全国調査(2003年)で、野宿者は2万5,296人にも上った。
建設現場の土方だったAさんは、公共事業の削減で仕事を失った。家賃を払えなくなり6年前から上野公園で暮らす。56歳なので福祉事務所に生活保護の申請に行っても「まだ働けるだろ」と冷たく追い返される。
『ホームレスは仕事をしない怠け者』と見る向きがある。怠け者が1人もいないとは言い切れないが、これは大きな間違いだ。仕事をしたくても仕事がないのだ。
Aさんのテントにはきれいに磨かれたヘルメットと長靴がきちんと揃えられていた。「人づてで仕事を紹介されるが、多くて月に3回。ない時は何か月もない」とあきらめ顔で話す。
リーマンショックで派遣切りが吹き荒れた2008年の年末、墨田公園の炊き出しに青年(30代前半・男性)が並んでいた。学校を卒業して最初に就職した会社の労働条件があまりに酷かったため、会社を移ったらその会社が倒産した。
派遣労働者になったが、長期契約の仕事がなくなり、日雇い派遣で働かざるをえなくなった。究極の「その日暮らし」である。年末に日雇いの仕事もなくなり所持金も底をついた。「ネットカフェの宿泊費もないので、地下街で寝ている」。青年は力なく語った。
ユニクロの柳井正社長が朝日新聞のインタビューに「年収100万円も仕方がない。中間層がなくなるかもしれない」と話した。
中間層が分厚ければ、社会は安定し治安も安定する。中間層がなくなれば、その逆だ。治安は悪化する。100万円の年収から食費を引けば、ワンルームの家賃も払えなくなる。単純に考えれば、多くの人が路上に弾き出される。
中間層が薄くなり治安が悪化しているところに野宿者が増えれば、今回のような「ホームレス殺人事件」が頻繁に起きるようになるだろう。
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相棒の諏訪都記者は通訳で海外渡航しており、7月半ばまでお休みします。