予兆は集会開始前からすでに表れていた。金曜恒例となった原発の再稼働に抗議する集会(主催:首都圏反原発連合)。日が陰り始めた午後5時半過ぎ、首相官邸前に集まった市民の列は内閣府のある一角をぐるりと取り囲もうとしていた。溢れた人たちが、議事堂に隣接する歩道を埋めた。開始前の時点で前回の4万5千人(主催者発表)と同じ人出だ。
バスを仕立てて長野県から訪れた一行もいる。大飯原発の地元福井県から足を運んだ老夫婦の姿も。現場で落ち合う約束をしていた長野の代表者と携帯電話で連絡を取り合った。「東京メトロ霞が関駅から10mほど下がった所」と言われ、その地点に行ったが探し出せない。
官邸前で取材を続けているジャーナリストの友人からも居場所を教えてもらったが、こちらも会えなかった。見渡す限り人だ。
6時を少し過ぎた頃から官邸前交差点の歩道上でいつものように参加者のスピーチが始まった。学生、サラリーマン、主婦…あらゆる階層がマイクを握った。
国会議員も入れ替わり立ち替わり官邸に向かって演説した。消費税率引上げ法案に反対票を投じた議員ばかりである。「最後の最後まで諦めてはなりません。(大飯原発が再起動する)7月1日まではまだ時間があります」。こう呼びかけたのは三宅雪子衆院議員(民主党)だ。
5~6人目のスピーチに耳を傾けていると、60年安保闘争の隊列に加わっていた知人が走り込んできた。「車道を人が埋めた。解放区だ」往年の闘士は興奮しながら告げた。
筆者は車道に向かって駆け出した。知人が言う通り、市民が全車線を埋めており、車両は通行できない状態になっている。警察官が「歩道に上がって下さい」と連呼するが、人々を制御できない。
白髪頭の参加者が「こんなこと60年安保以来だ」と叫んだ。
20万人(主催者発表)が洪水となってジリジリと官邸の方に進んでいる。警察隊のバリケードは数分と持たず次々と決壊し後退した。指揮官とおぼしき警察官が「官邸を守れ」と叫んだ。それが合図だったのか。機動隊のバス(通称カマボコ)数台が官邸とデモ隊の間にスーッと割り込んできた。
警察は指揮車の上から「皆さん、冷静になって下さい」と拡声器で呼びかけるが制止できない。現役の警察官たちにとって、これほどの大規模デモは経験したことがないはずだ。
代わって主催者が呼びかけた。「また来週があります。ゆっくりゆっくり下がりましょう」「20万人では原発は止まらないんです」・・・終了時間を待たずして、デモは一人の逮捕者も出さず平和裡に散会となった。
原発を再稼働させた野田官邸は、警察によって守られたのである。機動隊の車両が官邸正門を塞がなかったら、市民がなだれ込んでいただろう。
◇
右肩の文章が変わっています。『田中龍作ジャーナル』は読者のご支援により維持されています。