知る権利を隠れ蓑に情報を独占する記者クラブと取材活動の自由を求めるフリー記者の対決は、開始のゴングが打ち鳴らされた。5日、総務省の会見室でデスマッチが始まったのである。この日は原口一博・前総務相のリーダーシップで記者会見がオープン化されてちょうど一周年にあたる。
オープン化といっても名ばかりで規制とご法度だらけだ。牢名主のような記者クラブのご意向により、フリー記者は▼質問権の有無が分けられ▼動画撮影・中継が禁止されたりする。
フリー記者の畠山理仁氏は質問権の制限撤廃と撮影許可を求め総務省記者クラブ相手に一年間交渉を続けてきた。一年間じらしにじらされた挙句、記者クラブから出された答えは「撮影は許可できない」。携帯電話で事務的に通告された。質問権の制限については回答すらなかった。
“あまりにも人を馬鹿にした話ではないか” 畠山氏はオープン化1周年にあたる1月5日に事を決行することにした。前夜、彼のツイートからは相当に思い詰めている様子がうかがえた。「自爆テロ」にさえならずに終わってしまうのが心配だった。「犬死にだけはしないようにやろうぜ」、決行前夜、筆者は畠山氏に告げた。
インターネット中継も入らず動画撮影も認められてない状況では全てが闇に葬りさられる。いや葬りさられてきた。これでは自爆テロにもならない。5日午前10時過ぎ、総務省記者会見室に現れた畠山氏の顔は青白かった。蝋人形のようで表情はなかった。
片山善博大臣の会見が始まると畠山氏は切り出した――
「記者クラブが決めたルールを破って動画配信している私を大臣は以後『(会見室に)入れない』のでしょうか?」
ご法度を犯したフリージャーナリストを記者クラブ側が「出入り禁止」に処することを、畠山氏は見越しているのである。機先を制するのが質問の狙いだった。
畠山氏の告白に幹事社は色をなした。「私どもに(動画配信の)連絡はありませんでしたよねえ。どういった判断ですか?」。検察官が被疑者・被告を問い詰めるような口調だった・・・
(つづく)
※畠山氏が敢行した禁断のUst中継は下記URLで