告発人の一人、広瀬隆氏が最も危惧するのが放射性物質による健康被害だ。福島県内の放射線調査によれば30万人もの小中学生が放射線管理区域と同じレベルの線量を浴びながら生活している。
放射線管理区域とは一般公衆の被曝防止のために立ち入りを制限する区域のことで、基準は0.6μSv/時 (5.2mSv/年)以上とされる。
原発労働者の白血病の労災認定基準は年間5mSv。この数値を超えると白血病になる危険性が高まるのである。年間の被曝量が5.2mSv以上という環境がどれほど異常かお分かり頂けよう。ここに放射線に対して感受性の強い小中学生を30万人も“閉じ込めて”いるのである。
驚愕の報告書がある。欧州議会に設置されている「ヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)が、国際原子力機関(IAEA)と日本の公式データをもとに福島県の近隣地域で今後発症すると予想されるガン患者の数を発表した。
それによると福島第一原発から100km圏内では今後10年間に10万人以上がガンを発症する。100~200km圏内では12万人以上となる(この地域の方が住民の人口が多いため)。ドイツのメルケル首相はこの報告書を読んで原発全廃に政策転換したという。
広瀬氏は「ECRRの報告書を読んでいないのは日本人だけ」と唇を震わせる。 読んでいないというよりもマスコミがほとんど伝えていないためだ。新聞・テレビは大スポンサーである電力会社に都合の悪いことは報道しないのである。
チェルノブイリ事故では死者が4,000人とも100万人とも報告されている(※注)。同事故を凌駕する福島原発の事故で、死傷者が出ないはずはない。ひとたび事故が発生すれば大惨事となる。にもかかわらず、東京電力は必要な安全を講じてこなかった。山下教授は住民を危険な地域に居させ続けた。
15日、自由報道協会主催の記者会見で出席者から「未必の故意による殺人ではないか?」との質問が出た。筆者も東電の武藤栄副社長に同じ質問をしたことがある。そう考えるのが常識だろう。
広瀬氏は「司直が東電の本店にトラックで乗り付け、ダンボール箱一杯に証拠を押収する場面を早く見たかった」と本心を吐露した。
輸送機関が死亡者を出す大事故を起こすと、警察が業務上過失致死傷の容疑で本社を家宅捜索する。殺人罪よりも業務上過失致死の方が問いやすい。
「被曝を食い止めたい一心だった。こういう事故を起こせば刑事告発されるということを日本全国の電力会社に呼びかけたかった」、広瀬氏は業務上過失致死を選択した理由を語った。
刑事告発の内容は広瀬、明石両氏にとって満足の行くものではない。原発安全神話を国民に刷り込み、今回の事故でも「心配ない」とデマを垂れ流し続けてきたマスコミを告発しなかったことだ。
フリー記者の上杉隆氏が「(危険性を)知っていながらウソを報道し続けてきたマスコミをどうして(被告発人に)入れなかったのか?」と突っ込んだ。
「それが心残りです」、広瀬氏は天を仰ぎ軽く溜息をついた。確かにマスコミ(記者クラブ)は東電や原子力安全保安院と同じくらい罪深い。事実を普通に報道していれば事故は防げた可能性が高い。何より事故発生後も政府と異口同音に「心配ない」を繰り返したことで、住民は避難が遅れ必要以上に被曝することになった。
飯舘村民で現在福島市に避難している男性(農業・40代)は次のように話す―
「告発によっていろいろな事実が明るみに出ることを期待したい。加害者である東電や山下教授に生殺与奪を握られていたことを再確認した。国民皆が怒らなくてはならないのに、なぜ日本人は騒がないのだろうか?」
脱原発の気運は盛り上がりを見せている。だが与党民主党、最大野党自民党はともに原発推進の大きな原動力だ。
「今全廃に持っていかない限り、原発はまた大事故を起こす」、広瀬氏は表情を険しくした。
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(※注)出典:『原発の闇を暴く』(広瀬隆、明石昇二郎共著)