存分にじれさせた揚げ句だったが、プーチンは今回も一気呵成に動いた。
2014年にクリミア半島を電撃奪取した時同様、先手先手を打つ。何より大胆だ。
プーチン大統領が「ドンバスで軍事作戦を行う」と発表してから5~6時間後のことだった。
田中はキエフの宿で「ドン」と弾けるような大音響を聞いた。朝5時半ごろ。外はまだ暗闇だ。
BBCはキエフで爆発、ロイターは空港で銃撃と伝えた。
田中はすぐにタクシーを呼び、キエフ空港に向かった。20分も走ると空港に着いた。
利用客は外に締め出され、自動小銃を構えた治安部隊が空港玄関を固めていた。重武装の治安部隊員は「クローズド」と言って、両手でバツ印を作った。
私服刑事に聞くと「ルシアン・ミリタリー」と答えた。ロシア軍の空挺部隊が占拠したとの情報と符合した。
「制空権を取った」とする趣旨のロシア国防省の発表とも合致する。ドンバス侵攻から数時間後に国防省は空軍基地と防空システムを制圧したと発表しているのである。
キエフ空港で銃撃音がしてから4時間後―
大統領府、国会議事堂、独立広場というキエフ市の上空を飛ぶ航空機の爆音を聞いた。ウクライナに来てちょうど2ヵ月になるが、この辺りで航空機の爆音を聞くのは初めてだ。
「制空権を取った」とするロシア国防相の発表が事実とすれば、上空を飛んだのはロシア軍機と考えるのが妥当だろう。
ATM、ガソリンスタンドには長蛇の列ができた。郊外に向かう車でキエフ市内の道路は数珠つなぎだ。
キエフ市内の上空を飛んでいたロシア軍のドローンがウクライナ軍によって撃ち落とされたとの情報があり、田中は現場に向かったが、渋滞に巻き込まれて動けなくなった。
取材車のドライバーは家族を避難させねばならないという。携帯電話から漏れてくる奥さんの声が悲痛だった。「早く帰って来て」と言っているように聞こえて仕方がなかった。
田中はドライバーをホテルで手放した。現地の人々に無理を強いる取材はあり得ないからだ。
ウクライナの人々と悲しみや怒りを共にしながらも、冷徹な国際政治を伝えて行かねばならない。
~終わり~