北方領土が今にも帰ってくるかのように新聞テレビが報道していた。2016年から2018年頃にかけてのことだ。読者諸氏もご記憶のことだろう。
外交官出身の評論家は講演でマスコミ報道を上塗りし、「安倍総理は歴史に残る政治家になる」と連発した。
領土獲得にかけるプーチン大統領の執念を、この目で見てきた田中は首を傾げた。『プーチンが北方4島を返すはずがないではないか』と思いながら。
2014年2月末、プーチン大統領はロシア軍に州都シンフェロポリの空港を占拠させると、電光石火の早技で、クリミア半島を陥れていった。
目を瞠ったのは3月6日にヌーズラフスキー湾であった閉塞作戦だ。ウクライナ海軍の艦艇を湾内に閉じ込めるため、ロシア海軍は大型老朽船を爆破して湾の出入り口に沈めたのである。
日露戦争(1904年)で日本海軍がロシアの度肝を抜いた「旅順港閉塞作戦」の再現だ。
110年を経て、プーチンのロシア海軍が大胆かつ手荒な作戦に打って出たのは以下の事情だった―
この日(6日)、クリミア州議会で「ロシアへの編入」などを問う住民投票を実施することが決まった。
事態を憂慮したウクライナ新政権は、湾内の海軍艦船をオデッサ港(クリミアの外)に回し、自らの勢力下に置こうとした。
ロシア海軍は新政権の動きをキャッチ、機先を制したのである。そして即日、強硬策を取った。
閉塞作戦と前後してロシアはクリミアのウクライナ軍基地を包囲していった。
16日、ロシアへの併合の是非を問う住民投票実施。圧倒的多数で併合は是とされた。
プーチン大統領がウクライナ軍の投降期限としていた3月21日、外交上、驚くことが起きる。
ロシア政府はクリミア住民に対してパスポート発給の手続きを始めたのである。
州政府施設に設けられた臨時パスポートオフィスでは受付開始の午前9時から住民が長蛇の列を作った。
この日、ロシア議会はクリミアの併合を正式に認めた。
こうしてプーチン大統領は一発の弾丸を撃つこともなくクリミア半島を手中に収めたのである(※)。まるですべてに筋書きがあって、その通りに進んだかのようだった。
情報収集力と作戦遂行能力において、安倍政権はプーチン政権の足元にも及ばない。
北方領土返還交渉はゼロ回答だった。日本政府は「北方4島は日本固有の領土」とも言わなくなった。
(※)
流れ者のスナイパーとの銃撃戦が1~2件あったが、それは戦闘の部類には入らない。