陽も没した府中駅南口デッキ。勤め帰りの人々や幼な子を抱いた母親らが山本太郎の街頭演説を聞きに集まっていた。
「やさしい世の中を作りたい。だって冷たい世の中でしょ。政治で変えられたことは政治で変えられる。政治でしか変えられない」。
山本太郎が初めて国政選挙に挑んだ2012年の衆院選挙以来10年間、彼を見つめてきたが、『政治は弱者のためにある』という姿勢は1ミリたりともブレていない。
山本率いる「れいわ新選組」は地道な活動が実って今や押しも押されもせぬ国政政党である。今回の参院選では議席をさらに増やしそうな勢いだ。
支持者が増え影響力が増せば、それを利用しようとする勢力が現れる。政治の世界では特にそうである。
《大前提を忘れたネオナチガーはロシアのプロパガンダ》
ウクライナ情勢がそうだった。誰が吹き込んだのか。「ロシアの擁護をするつもりはない」と言いながらも、山本はプーチンの呪文を口移しで唱えているのだ。
ウクライナ問題の全体像から見れば上げ足とりにさえならない。
山本は3月1日の記者会見でプーチンがウクライナ侵攻の口実としたNATOの東方拡大について触れた。「ベーカー国務長官がNATOは1インチたりとも東方にシフトしないとゴルバチョフに口約束した」件である。1990年のことだ。
当時ソ連をめぐる国際情勢は「東に1インチ云々」などと悠長なことを言える状態ではなかった。
ソ連崩壊に伴う核流出を国際社会は深く憂慮していたのである。給料が出なくなり食っていけなくなった核技術者や核管理関係者が核を売り飛ばすのではないか、と。
米国から技術者が核解体のためにソ連に飛んだほどだ。私は技術者の一人を捕まえて事実関係を確認した。
北アフリカの狂犬と恐れられたカダフィも独裁者フセインも健在だった頃だ。
米国の援助がなければ、核はならず者国家に渡り、ソ連の経済は立て直しが効かないまでに崩壊していたはずだ。
世界にとってもゴルバチョフにとっても「1インチ」を云々している場合ではなかったのだ。
何より肝心要が抜けている。ソ連の支配下にあった14か国がNATOに駆け込んだことはまったく考慮に入っていないのだ。
3月24日の記者会見でも山本はプーチンを喜ばせた。ウクライナ東部ドンバス地方の人権問題である。
公党の党首はOSCE(欧州安全保障協力機構)の調査を金科玉条のように紹介した。
OSCEはドンバス戦争の前段としてあったクリミア侵攻の際(2014年)、停戦監視に入ろうとしたが、親露勢力の威嚇発砲で逃げているのである。
クリミア侵攻はドンバス戦争に比べれば実に平和で静かだった。
残忍なワグネル社も加わりウクライナ側と交戦状態になったドンバス地方で、クリミアにさえ踏み込めなかったOSCEがどこまで踏み込んで調査できただろうか。
OSCEの調査がかりに100%正しいとしても、ドンバス戦争の大前提としてあるのは、力で現状を変えたプーチンのクリミア侵攻だ。
さらにクリミア侵攻の大前提としてあるのは、親露傀儡のヤヌコビッチ大統領(当時)を追放したマイダンの戦いである(2014年)。
ヤヌコビッチ大統領は、ウクライナの1年間の国家予算を上回る金品を収奪したロシアの犬だったのだ。
スターリンの失政により400万~700万人が餓死した「ホロドモールはなかった」と言ってのけたのもヤヌコビッチだった。
イスラエルの首相が「ホロコーストはなかった」などと口にしようものなら、その瞬間に政治生命を失うだろう。暗殺される可能性も十分にある。ヤヌコビッチは同じことを言ったのである。ウクライナ国民に追放されて当然だった。
山本はドンバス戦争にいたる上記2つの大前提を問わずして「ネオナチガー」と語っているのだ。本人にその気はなくてもロシアのプロパガンダに染まっているのである。
前述したようにNATOの東方拡大についても全体状況を踏まえていなかった。
ロシアのウクライナ侵攻を機に世界は大激動期に入った。国際情勢を見誤ると、国家の安全保障を危うくする。命とりにさえなる。
野党の体たらくは目を覆うばかりだ。幼な子の手を引いた母親は「子供の将来を考えて山本太郎に入れる」と言い、子育ての父親は「問題を直視しているのは山本太郎だけ」と語る。
2人とも目が真剣だ。「山本太郎に期待するしかない」。絶望的な政治状況の中、すがるような思いなのだ。
『政治は弱者のためにある』。山本太郎は原点を見失ってはならない。プーチンの落とし穴にはまれば、日本国民の生活は粉々になるのである。(文中敬称略)
~終わり~