開戦から69日目、5月5日。
森の中は不発弾だらけだった。雨後のタケノコなどという生やさしいものではない。ありとあらゆるロケット弾やミサイルが所狭しと散乱していた。
ウクライナ国家警察の不発弾処理に同行した。通訳氏の個人的なツテである。プレスツアーではない。
20人からなる不発弾処理部隊のローマン隊長によれば「不発弾は2~3,000発はある」という。
驚いてはいけない。2~3,000発は砲弾のほんの一部なのである。話はこうだ―
森のあるミロツカ村は、首都攻略の前線となったホストメリ、ブチャ、イルピンまで9~13㎞の近さだ。森は前線に向けた弾薬の供給基地となったのである。
ウクライナ軍は諜報などからもたらされた情報をもとにドローンで索敵した結果、森が弾薬の供給基地であることを確認した。
森の入り口に住むアイバンさん(66歳)はその日を忘れない。
ウクライナ軍がほんの数分間、森に砲撃を加えると、ロシア軍の弾薬基地は地響きのする爆発音とともに誘爆した。誘爆は6時間も続いた。
爆発した砲弾は四方八方に飛び散り、木立をなぎ倒しながら森を黒焦げにした。
ロシア軍が失った砲弾は、いったいどれ位に上るのか。数万発なのか10万発を超すのか想像もつかない。
ロシア軍が失ったのは砲弾ばかりではなかった。砲弾を前線まで届ける兵士やトラックも失ってしまったのである。3月26日のことだ。
捕虜の証言によれば「兵士の遺体は山のようになった」。
赤く焼けただれたトラックは森の中でグロテスクな姿を晒していた。
砲弾が届かなくなれば、前線の部隊は戦いようがない。
3日後の3月29日、ロシアは停戦協議の場で「首都キーウ周辺での作戦行動を縮小する」と明らかにした。
最前線のイルピンでロシアは押し気味に戦いを進めていた。しかしロジを叩かれて戦おうにも戦えなくなった。
プロパガンダに長けたロシアだが、戦場での情報戦には弱いようだ。
~終わり~
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