
ロシア軍がキーウまで進撃して来ないように、ウクライナ軍は橋を落とした。=2022年、イルピン 撮影:田中龍作
大統領府まで車で30分ほどの住宅地イルピンは、ウクライナという国家の最終防衛ラインだった。
イルピンを失陥すれば、ロシア軍の戦車部隊は、一気にキーウ中心部まで雪崩れ込んで来て、ゼレンスキー大統領を生け捕りにするだろう。
イルピンをめぐる両軍の攻防は苛烈を極めた。住民を脱出させるために国連が時限停戦を斡旋し、時限停戦協定が成立するのだが、砲声銃声は間断なく響いた。

脱出する住民をウクライナ軍のスナイパーが守った。=2022年、イルピン 撮影:田中龍作=
開戦から1週間と経たないうちにイルピンはロシア軍の手に落ちた。それから30日近く過ぎた頃だったか。戦況に変化が見られた。
最前線から引き揚げてくるウクライナ軍部隊の小隊長が田中にウインクをした。閉じ込められていた住民の脱出が始まったのである。
敵軍が包囲する中から住民を救い出すのは、相当な戦術的困難を伴う。敵を蹴散らす際に住民を巻き込む恐れがあるからだ。ウクライナ軍はそれを克服して住民の多くを脱出させた。
上述した小隊長のウインクは「救出作戦はうまく行ったぜ」という意味だったのだろう。
それでも全員ではない。
「何人くらいイルピンに取り残されているのか?」田中はウクライナ軍兵士に聞いた。
兵士はうなだれながら枯れ枝を手に1000と地面に書いた。
「取り残されているのは誰か?」
「disabled(障がい者)、old(年寄り)」。兵士は呻くように答えた。
祖国の民を守る。大義ある戦いに臨む兵士のモラルは高い。

ロシア兵は家人を殺害して、あるいは追い出して宴を張ったものと見られる。=2022年、ボロデャンカ 撮影:田中龍作=
日本がもし戦争になった場合、自衛隊員あるいは徴兵された若者は高いモラルを保つことができるだろうか?
「台湾海峡で中国の軍艦が出てきて…」などとする高市首相の陳腐な安全保障論で戦場に送られるのである。
台湾有事に限らない。改憲されれば牽強付会な国防論で節操なく軍隊を送り出すだろう。米軍の2軍として派遣されることもありうる。世界が戦場になることも想定しなければならない。
戦後80年間、戦争を経験したことのない日本は、ロジ(兵站)なんて考えたこともあるまい。高市首相に至っては意味さえ分かるまい。

ロシア兵が食料を強奪した家屋のすぐ傍には、人を埋めた跡があった。=2022年、ボロデャンカ 撮影:田中龍作=
ロジを断たれれば兵隊さんは掠奪に走る。証拠を隠すために住民を殺害する。旧日本軍が東南アジアで繰り広げた暴虐が何よりの証明だ。
ウクライナに侵攻したロシア軍は21世紀となっても、民家に押し入って食料を奪っているではないか。
「ロシア兵は家のドアを銃撃で壊して押し入ってきた。『殺すぞ』と私を脅し(カラシニコフを)顔スレスレで4発発射した。そして食料をはじめ家の中の物を全部持っていった」。ロシア軍による大虐殺があったブチャから逃れてきた住民は田中に証言した。
大義なき戦争は悲劇を生む。
~終わり~
◇
ウクライナ戦争はロシア軍のクリミア半島侵攻(2014年)から始まります。
この時も田中龍作は初っ端から現地で取材をしておりました。戦争には誰より敏感です。
日本が再び無謀で不幸な戦争に巻き込まれないようにするためにも、田中龍作の嗅覚をお役立て下さい。
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