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【ロヒンギャ難民キャンプ発】ゲットー化始まる 政府高官「強制送還は1~3ヵ月遅れる」

 強制送還の開始が遅れることが決まると、難民キャンプの治安対策は一気に強化された。軍と警察は増派され検問が厳しくなった。  22日夕方、軍は難民キャンプすべてのリーダーに以下の お達し を出したー 1、リーダーは毎日テン …
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【ロヒンギャ難民キャンプ発】 強制送還・中継地点の島に一時収容施設はなかった

 バングラの有力英字紙the Daily Star と the Daily Observer は政府高官の話として「ロヒンギャ難民強制送還の開始は遅れる」との見通しを示した。ただ遅延が確定したわけではない。  かりにミャ …
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ミャンマー側からロヒンギャたちを乗せてきた船。ある難民は「40ドル払った」という。=22日、シャープリル・ドウィップ島 撮影:筆者=

【ロヒンギャ難民キャンプ発】リーダー射殺と西側メディアなき国連視察

 国際社会の強い懸念で遅れるはずだったロヒンギャ難民の強制帰還が、河野外相のミャンマー訪問を機に23日にも開始される可能性が出てきた。こうした中、国連人権特別報告者のヤンヒ・リー氏が19日から3日間、ロヒンギャ難民キャン …
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難民キャンプのリーダー、ユスフ氏は自宅の居間で殺害された。赤黒い血のりがベッタリと残る。=21日、ロヒンギャ難民キャンプ 撮影:筆者=

【ロヒンギャ難民キャンプ発】4ヵ月間、食料配給のない家族も 大量難民で国連が手続きミス

 人々は洪水となって駆けていた。何か事件でも起きたのかと呆気にとられたが、落ち着いて見ると、洪水の向かう先は配給物資を積んだトラックだった。  黒山の人だかりとなっていて、何人いるのか数えきれない。「ちゃんと並べ」とでも …
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WFPに登録に来た難民。もの凄い人数でしかも騒然とした中、手続きが行われていた。ミスが出ない方が不思議だ。=ロヒンギャ難民キャンプ 撮影:筆者=

【ロヒンギャ難民キャンプ発】ミャンマー政府「第一陣1,258人の強制送還リスト」極秘扱い

 ミャンマー政府は何を焦っているのだろうか?  バングラの英字有力紙the daily observer(18日付) はミャンマー政府の発表としてロヒンギャ難民の強制送還開始が23日になることを伝えた。あくまでも「ミャン …
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ミャンマーでよほど恐ろしい目に遭ったのだろうか。女の子は暗い目をしていた。=19日、ロヒンギャ難民キャンプ 撮影:筆者=

【ロヒンギャ難民キャンプ発】まだ続くミャンマーからの脱出 それでも帰す鬼畜

 強制送還第一波が22〜23日にも予想されるなか、ミャンマーからのロヒンギャ脱出が続いている。  バングラ最東南端の村サブロング。国境の川を渡ってミャンマーから逃れてきたロヒンギャをまず収容する施設がある。軍が管理する。 …
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難民が渡ってくるナップ川を警備するバングラ警察。=18日、テクナップ郡 撮影:筆者=

【ロヒンギャ難民キャンプ発】禁じられたイスラム神学校 

 森を切り拓いて作られたクトゥパロン・メインキャンプは、地平線まで難民テントが続く。  車を降りて迷路のような小径を10分ほど歩くと斜面に へばりつくようにして 竹作りの小屋がひっそりとあった。マドラサ(イスラム神学校) …
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少年たちはコーランの朗唱に一心不乱だった。「大きくなったら聖職者になりたい」と答えた。=17日、ロヒンギャ難民キャンプ 撮影:筆者=

【ロヒンギャ難民キャンプ発】 日本の援助が促す早期強制送還「ここで殺してくれ」

 早期強制送還が突如として現実となりそうだ。第一陣は、ヒンズー教徒のロヒンギャ難民約450人のようである。  ミャンマー政府が彼らを選んだ理由は安直である。国軍が手を焼くイスラム過激派組織ARSAとは無縁であるからだ。 …
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昼ごはんの準備に勤しむ主婦。豆の煮汁のようなものを調理していた。=16日、ロヒンギャ難民キャンプ 撮影:筆者=

【ロヒンギャ難民キャンプ発】「帰っても同じことになる」日本政府と第2の惨劇

 見渡す限りテントだった。かつて栄えた東京郊外の大型団地でもこれだけの規模の家並みはなかった。行けども行けどもテントが続いた。  バングラデシュ最東部、ミャンマー国境沿いに広がる難民キャンプを訪ねた。赤土の斜面に へばり …
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山の向こうまでロヒンギャ難民のテントが続く。たこ揚げに興じる少年の目は暗かった。=15日、ミャンマー国境 撮影:筆者=

武装解除とは米製兵器を買わせることだった 

 日本が米国から高額な兵器を 言い値で 売りつけられる度に、ある光景を思い出す―  2002年、アフガニスタンの首都カブール郊外。米軍とアフガン北部同盟がタリバーンから首都を奪還してから6ヵ月あまりしか経っていない頃のこ …
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武装解除に応じて武器弾薬を兵営に運び込んだマスード派民兵。愛機との別れを惜しむかのようだった。=2002年、カブール郊外 撮影:筆者=