東日本大震災被災者のための災害復興住宅はまだ目標の5%前後しか出来ていないのに、景観を破壊しヒートアイランド化を助長する不気味な構造物に巨額資金がつぎ込まれようとしている―
新国立競技場のことである。運営主体の独立行政法人「日本スポーツ振興センター」の基本設計案によると建設敷地11万3,000㎡、高さ75m。
現在の国立競技場と比べると敷地面積こそ1・5倍に過ぎないが、高さは2倍以上になる。現競技場は神宮の森に抱かれているが、新競技場は森を見下ろす格好だ。巨大な宇宙船が降り立ち、人間も含めた森の生き物たちを圧しているようでもある。
数少ない都心の緑を台なしにする巨大な構造物に1,785億円(本体工事と周辺整備工事費用)の建設費が投じられようとしている。
現競技場の解体工事は入札が不調に終わったため、1ヵ月先の8月に延びた。それでももう時間がない。「ばかげた事業に巨費を投じるよりも、現国立競技場を改修し使い続けよう」。建築家、環境問題研究家、エコノミストなどがきょう、都内で緊急シンポジウムを開いた。
世界的建築家の槇文彦氏は「(新競技場は)美しい賑わいのあるものではなく、沈黙の土木加工物である」と切って捨てた。そのうえで「足元から数十メートルのコンクリートの壁が立っている(写真参照)。道を歩いていても楽しくないどころか怖い、犯罪が起こる場所になる」と指摘する。
建築エコノミストの森山高至氏によれば、古いスタジアムを改修することが世界のスタンダードになっている、という。「レアル・マドリードのホームは(古いスタジアムを)改修し、工期3年、費用500億円で9万人収容。イタリア、セリアAのトリノのスタジアムはトリノオリンピックの開会式、閉会式に使用したが、1933年建築の建物を改修したもの」。
森山氏はさらに驚愕の事実を明らかにした。「(国立競技場は)2011年までは改修の方向で進めていた」というのだ。「綿密に検討した結果、現状に新しい機能を盛り込める。屋根をつけることも可能。久米設計の改修計画では設計1年、工期2年、工事費770億円でできる。改修を前提にしたコンペもできただろうに」と森氏は残念がる。
神宮の森はヒートアイランド現象を和らげる役割を果たしているのだが、新競技場が出現すれば、それも期待できなくなる。首都大学東京・名誉教授の三上岳彦氏の指摘は括目に値する―
「過去100年で全世界では平均気温0.75度上昇したが、東京は3.2度上昇、世界に比べ4倍の速さで温暖化している」
「東京には東京湾から南風が吹く。外苑西通りから新宿御苑へ抜ける風の道があり、その途中に国立競技場がある。巨大な構造物があると、内陸部に流れる風の道を明らかに阻害する。白金自然教育園(20ha・神宮外苑は約30ha)がエアコン4,000台に相当するという研究もある。自然のクーラーだ」。
神宮外苑は1970年に東京都が風致地区に指定し、建築物に対して15mの高さ制限が設けられた。だが2013年に「再開発等促進区」となり、高さ制限は5倍の75mに緩和された。この時、都民への周知期間はわずか2週間だった。景観破壊はだまし討ちだったのである。
きょうのシンポジウム参加者のなかに競技場の すぐそば で育ち、現在は米カリフォルニア州で暮らす女性がいた。「心のふるさとがレイプされたような悲しみを抱いている」。彼女の言葉が問題の本質を言い当てていた。