開戦から88日目、5月24日。
この日、私はウクライナを離れた。入ったのが昨年12月24日だったから、ちょうど5ヵ月間滞在したことになる。
ロシア軍が侵攻を始める2月24日までは、ありのままのウクライナを見るいい機会でもあった。
ロシアの侵攻からほぼ1ヵ月前のことだった。デモ隊が大統領府前に押し掛け、ポロシェンコ前大統領に対する裁判の不当性を訴えた。
デモ隊はゼレンスキー大統領を「出て行け」などと罵るのだが、プラカードが強烈だった。大統領の全身写真に「DICKTATOR」(男性器と独裁者をかけたシャレ)と書いているのだ。
街頭で総理大臣にヤジを飛ばしたら警察から力づくで排除される、東アジアのどこかの国よりも遥かに言論の自由がある。
軍の機密に触れなければSNSにも制限はない。原則自由である。
地元ジャーナリストは「言論の自由は100%保障されている」と語る。
裁判所では別の地元記者が「この人(田中)もジャーナリストですから」と口添えをしてくれた。おかげで私は裁判所の中に入れたのである。これも戦争開始前のことだ。
業界の特権に固執するキシャクラブが、フリージャーナリストを排除する日本とは別世界だった。
ウクライナのメディアは自分たちだけの特権ではなく「報道の自由」を守っているのだ。
2022年のピューリッツァー賞特別賞に「ウクライナのジャーナリスト」が選ばれた。
今にして思えば、外国のフリージャーナリストの取材の権利を守ろうとする姿勢は、戦争報道を支える底力だったのである。
市民の言論の自由も冒頭の出来事が示すように100%保障されている。
ウクライナで軍や政府当局が自作自演をしようものなら、市民やメディアがたちどころに告発するだろう。
世界各国のジャーナリストたちの前でフェィクニュースをでっち上げるのは不可能である。
私は滞在5ヵ月間で、数えきれないほどの村や街を回って人々の話に耳を傾けた。ウクライナ軍による救出の現場も見た。
にわか親露の言論人が吹聴するような「ウクライナ当局によるプロパガンダ」や自作自演は、私の見聞きする限りではなかった。
取材の自由を保障しているからこそ世界のメディアが駆け付け、ロシア軍の蛮行を暴き報道する。それを知った世界の人々がウクライナを支援する。
旧ソ連からの独立後31年間で培ってきた表現の自由は、ウクライナの国力にもなっている。
~終わり~
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皆様のお力で、田中龍作は日本の新聞テレビが報道しない、ウクライナの実情を、伝えることができました。
通訳もリスクにさらすため高額の人件費がかかりました。カードをこすりまくっての現地取材でした。 ↓