昨年11月急逝した脱原発活動家にして女優の木内みどりさん(享年69)を偲ぶ会がきょう、都内であった。
参加者の顔ぶれに故人の人柄が投影されていた。ごく一部の人士を除けば名誉や権力に恬淡とした人たちだった。著名な芸能人といえども安倍首相と食事に行ったりしない。
落合恵子さんと共に遺影を見つめる紳士がいた。頭に白いものが混じる。京大原子炉実験所の小出裕章・元助教(70歳)だ。
福島の原発事故(2011年)直後から木内さんと脱原発活動を共にしてきた。
小出元助教が「原子力の暴走を許した国民にも責任がある。騙された国民にも責任がある」と話すと、木内さんは「騙された自分にも責任がある。私にできることは何でもやる」と応じた、という。
「(木内さんは)全力疾走で駆け抜けて行った」。小出元助教は故人を惜しんだ。
脱原発にかける木内さんの真骨頂は選挙で発揮された。脱原発候補の応援には手弁当で出かけるのだ。
衆院・鹿児島2区補選(2014年)が忘れられない。木内さんは山本太郎率いる「新党ひとりひとり」(れいわの前身)の女性候補を応援した。
選挙期間中ずっと張り付き、ウグイス嬢を買って出た。
至近距離で有権者の目を見つめながら「選挙に行って●●候補って書いて下さいね」と語りかけるのだ。
山本の選挙には絶えず木内さんの姿があった。
御存知のように山本は「原発反対」を唱えたために芸能界を追われた。それでも木内さんは怯まずに山本に寄り添い、原発反対を唱え続けた。革命家の一面もあった。
山本は「僕以上に空気を読まない人」「こんな自由な人、見たことない」。
「木内さんのような大人が育つ国にしたい。木内さんに胸を張って報告できるように社会の変革に努めたい」と声を詰まらせた。
田中の電話帳には木内さんの電話番号が入っている。間違って掛けたりすると「は~い、龍作さん、どうしたの?」と張りのある声が聞こえてきそうだ。
~終わり~