ドネツク州東南部の港湾都市マリウポリ。クリミヤ半島やオデッサにつながる要衝の地だ。3月に虎の子のクリミヤ半島を陥れたロシアは、親露勢力を使ってマリウポリに攻勢をかけた。
大統領選さなかの5月には政府庁舎や銀行などが火をかけられ、9月には親露武装勢力が郊外まで迫った。
ウクライナ軍が懸命に押し返し、マリウポリは陥落をまぬかれたが、人々は連日、爆撃音に脅えた。
この頃、脱出者が相次いだ。脱出したまま帰らぬ人もいれば、戻って来た人もいる。マリウポリの人口が減ったことだけは確かだ。
マリウポリの銀座にあたるレーニン通りは、廃業した商店が目立つ。経営者がマリウポリを捨てたのだ。
メインストリートであるにもかかわらず、人影はまばら。ゴーストタウンとまではいかないが、干からびた匂いがする。
携帯電話ショップの男性店員(23歳)は9月、数回に渡ってマリウポリから脱出した。子供(当時6か月)と妻と共にキエフの親戚の家に逃れた。
ロシアがマリウポリを統治するようになったら、どうするか? 男性店員に聞いた。彼は にべもなく 「脱出する」と答えた。理由を聞くと「(親露勢力に支配された)ドネツク市のように職がなくなる。第一、危なくなる」と答えた。
子供がいる人ほど安全のために脱出する傾向が強い、という。
マリウポリの民族比は、ウクライナ系46%、ロシア系48% でほぼ拮抗している。
ほとんどの人々がロシア語を話す。街で通用するのはロシア語だ。サラリーマンと言われる人々の多くはロシア系企業で働く。
人々の大半はロシアにシンパシーを持つのだが、「ロシア統治」となると事情が違ってくる。
ユリア(会社員・40代)さんは子供が2人いるが、脱出しなかった。「他の都市に親戚がいるわけでもなく、逃げるあてがなかったから」と理由を答えた。
筆者は「では、マリウポリがロシア統治下に入ったらどうするか?」と質問した。
彼女は即座に「逃げる」と答えた。避難先がないにもかかわらず、だ。理由を聞くと「表現の自由がない。治安が悪くなるから」と話した。
EUからは「現実的な選択として東部はロシアに譲れ」との声も出始めた。筆者はロシアが電光石火の早業でクリミヤ半島を手中に納めるさまを見てきた。東部がロシアの手に落ちるのは時間の問題だろう。
プーチン大統領が「2週間もあればキエフを陥落させることができる」と発言し物議を醸したが、それが現実だ。
ウクライナは1991年までソ連の一員だった。30歳以上の人であれば、ソ連時代のマリウポリを知っている。
40代の主婦は「ソ連時代はパンを買い求めるのに人々は長い列を作らなければならなかった。一方で家賃はタダだった」と話す。
「西欧諸国には当然のものとしてある表現の自由などなくても、最低限の生活は確保できる。旧ソ連が良かったと思っている人々は脱出せずに残るだろう」。ある大学准教授はこう分析する。
マリウポリの人々には「体制の選択」が突きつけられているのだ。ウクライナ東南部の要衝地から「冷戦時代の光景」が蘇る。
◇
読者の皆様。ウクライナ情勢をめぐっては、日本をはじめとする西側メディアからは実相が伝えられているように思えません。米露が角逐し、世界の動きに大きな影響を与えるウクライナ情勢を、西側からの視点で捉えるだけでよいのでしょうか。かといってモスクワ支局もクレムリンに遠慮して真実を伝えていません。田中が東欧のはずれまで足を伸ばした理由です。何卒ご了承下さい。