黒海艦隊が基地を置くセバストポリは、ロシアにとってやはり虎の子だった。プーチン大統領が「クリミア併合」を布告した翌日、ウクライナ海軍司令部を力で制圧したのである。
19日午前9時頃(日本時間午後4時頃)、コサック兵がフェンスを破って突入したのに続いてロシア軍がなだれ込んだ。ウクライナ側がほぼ無抵抗状態だったため、ロシア軍は瞬く間に司令部を占拠しロシア国旗を掲げた。
数時間もしないうちに将兵たちの投降が始まった。ゲートではロシア兵たちが、基地を去るウクライナ軍将兵たちの手荷物の中味を調べた。重要書類はじめ軍事機密を持ち出さないようにするためだ。
不承不承投降した若き将校(33歳)はゲートを出ると制服を地面(※)に向けて叩きつけた。三ツ星の肩章(大佐か)が付いた制服は軽い音をたてた。エリート軍人の誇りが砕け散った瞬間だ。
ゲート前には父と妻が迎えに来ていた。空軍将校だったという父はロシア軍に憤る。「司令部急襲は不快だ。セバストポリ市民にとって自宅に踏み込まれたも同然だ。もっと穏便な方法はなかったのか」。
気になるのは投降した将兵たちの処遇だ。ウクライナ(政府)への忠誠を宣誓しているため、投降後ウクライナ本土に帰ると軍規違反で逮捕され懲役15年となる。家族がウクライナ本土にいる将兵も少なくない。
大半はクリミア政府のコントロール下に入るものと見られる。「新生クリミア軍・兵士」となるのだ。(この時点ではウクライナ政府によるクリミアからの撤退命令は伝えられていない)
妻に迎えられてセバストポリの自宅に帰る下士官は「辞めないよ。軍に戻るから」と信じられないほど明るい表情で語った。
この日の夜(日本時間20日早朝)、ウクライナのアンドリ・パルヴィ国防相は「ウクライナ軍をクリミア半島から撤収させる用意がある」ことを明らかにした。
2014年3月19日はクリミアに展開するウクライナ軍が事実上消滅した日となった。
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※地面
厳密には地面の上に置かれた他の荷物の上に制服を叩きつけた。