史上最悪の放射能噴出事故を起こしたチェルノブイリ原発4号機の前に立った。手元の線量計は10μSv/hを示す(地上から1mの高さで測定)。26年を経てなお人間のDNAに幾つもの傷をつける放射能を出しているのである。
科学の粋を集めたはずの原子力発電所は、石棺で固められ不様な姿をさらしていた。発電所を案内してくれた国家非常事態省の出先機関「チェルノブイリ・スペッツ・コンビナール」のウラジミール氏は、チェルノブイリの原発労働者だった。
ウラジミール氏によれば、4号機の中には未だ95%もの核燃料が残っている。氏は「ソ連は事故を収束させるために12年分の国家予算を投じた」とも説明した。
チェルノブイリの事故(1986年)から5年後にソ連は崩壊した。アフガン戦争と宇宙軍拡も国家経済を破滅に追いやったとされるが、原発事故のウェイトも大きい。
石棺は傷みが激しく隙間から放射能が環境中に漏れ出ている。そのため、あらたな“石棺”で覆うことになった。アーチ式の覆いが4号機のすぐ傍で建造中だ。これもまた20~30年後には取り替えなくてはならなくなるだろう。
チェルノブイリを訪ねた作家の浅田次郎氏は、このさまを「灰色のマトリョーシカ」と表現した。ある知識人はギリシャ神話の「シーシュポスの岩」に喩える。
邪悪なシーシュポスは、全能の神ゼウスから大きな岩を山頂まで押し上げる罰を与えられる。ところが頂き近くまで行くと岩はゴロゴロと転げ落ちるのである。何度繰り返しても岩は転げ落ちる。
「マトリョーシカ」と「シーシュポスの岩」が示すように、原発事故の収束には際限なく費用を投じなければならないのだ。東電・福島第一原発のケースも例外ではない。ソ連の崩壊は、チェルノブイリの教訓から学ぼうとしない日本の姿を暗示していないだろうか。
《文・田中龍作 / 諏訪都》
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チェルノブイリ取材は関西の篤志家S様の多大なご支援の御蔭を持ちまして実現致しました。諏訪記者は自費で来ております