世界の火薬庫とも言われる中東問題に精通した国会議員が誕生した。7月の参院選・埼玉選挙区に民主党から立候補、当選を果たした前中東調査会・上席研究員の大野元裕氏だ。在バグダッド日本大使館員だった大野氏は湾岸危機(1990年)の際、「人間の盾」になるなどしてイラクに閉じ込められた邦人200人を救出したことで知られる。
選挙戦で幾度も応援に入った岡田外相は「(大野氏の)知識と経験を活用したい」(20日、定例記者会見)と期待を寄せる。アメリカ一極主義が崩れた今、日本政府の中東政策はどうあるべきかなどを大野議員に聞いた。
第一回
<サダムなき後、対立構造が表面化したイラク>
Q:イラクの現状をどのように見ておられますか。
A:イラクはいまだ困難な状況にあるわけだが、困難の種類というものがこれまでと随分違ってきている。
2003年のイラク戦争以来(困難な状況は)続いているわけだが、より正確に言えば戦後の困難という類のものではなくて、大きな権力構造が民意によらない形でアメリカにむりやり取り去られたことによる困難といえる。
代替の選択肢が用意されないままに強制的に無理矢理、政権が潰された。国や社会で言えば、富の流通の構造や、社会のシステム、政治と統治機構などと言ったものが、すべて一瞬にして消えてしまった。
その後自然に後を埋めるような人たちによる政権作りが許されればよかったが、アメリカを中心とする国々はイラクの民意ではない形で国を作ろうとした。イラクの人たちの特定のグループは、アメリカ等の押し付け、もしくは悪しき占領と見て取った。
海外からのテロリストがこれに呼応して、2006年~07年(最も華やかだった)のようなテロの主戦場となった。ある程度下火になっているが、これがまだ収まっていない。
この原因のもとを作った権力の不在という状況が続いている。かつて政府という権力者が押しとどめていた宗派、民族という、イラクの中にもともと潜在的に存在する対立構造が表に出てしまったのだ。
<政権の正当性が確立するまで混乱は続く>
A:イラクのみならず多くの石油産油国が第2次世界大戦以降、取ったパターンというのは(特に1970年以降)、富の流通の構図と政治的な権力の所在が一致した時に安定する。
つまり石油という富を中央政府が握る。その中央政府がどんな形、独裁にしても王様にしても、国民に認められた者がなる。これが合致した時に安定する、というのが産油国のパターンだ。
誰が勝ち組かはっきりわかる。金も政治権力も軍事力も警察力も一手に握る。これが悪い風に出ると独裁。そういう構造が見えるまでイラクの不安定化は続くだろう。
結果として皆がわかるような認められた政権ができ、その人が富を握るという構造ができるまで、相当な時間がかかると思う。イラクの石油の富と政権の正当性というものが社会のニーズに合致するまで、数年の間はしばらく問題がある。
サダム・フセインが実質的にナンバー1になった年は第4次中東戦争(1973年)、オイルショックの直後から。サダム・フセインが実質的な大統領である間に国民の収入は上がった。
中小企業のオヤジが荒っぽいけど会社を上場させたようなものですよ。イラクを一部上場の企業に仕立てた。皆、サダム・フセインに依存している限りは儲かっていた。
~つづく~