前代未聞の言論弾圧事件が起きた。フリーカメラマンがシリアへの渡航計画を明らかにしただけで、外務省がパスポートを取り上げてしまったのだ。「逮捕する」とまで脅して。
外務省は「パスポートは無期限に返さない」という。憲法で保証された移動の自由、表現の自由を奪われたフリーカメラマンの杉本祐一氏(新潟市在住・59歳)が、きょう、日本外国特派員協会で記者会見を開いた。
杉本氏によれば事件のいきさつはこうだ―
杉本氏は『朝日新聞・新潟版』と『新潟日報』のインタビューに対して、トルコとシリアへの渡航予定があることを明らかにした。
筆者は会見後本人に確認した。「知り合いの新聞記者からの電話だったので、ついつい話してしまった。まさか書かれるとは思わなかった」そうだ。
ところが記事として紙面に載ってしまった。シリアといってもイスラム国の支配地域ではない。
記事が出るとすぐに外務省から電話がかかってきた。外務省から「今回の取材はやめてほしい」と言われたが、杉本氏は「行きます」と答えた。2月2日あるいは3日のことだった。
翌日には新潟県警中央警察署の警備課長から電話があり近くの喫茶店で会った。警備課長からは「シリア行きをやめてほしい」と言われたが、氏は「行きます」と答えた。
~外務省「返納しなければ逮捕する」~
そして問題の7日を迎えた。夕方、杉本氏が外出先から帰宅すると近くの駐車場にライトをつけっぱなしの車が停まっていた。
氏が玄関を開けようとすると男たちが駆け寄ってきた。外務省領事局旅券課の職員2人だった。新潟県警の警察官2人を伴っていた。
外務省職員から「パスポートを返納しろ」と言われたが、氏は「返納しない」と応じた。すると外務省職員は「返納しない場合は逮捕する」と2~3回繰り返し告げた。
「逮捕されれば返納しなくてもパスポートは取り上げられる。裁判費用もかかる。こうしたリスクを考え、パスポートは返納した」。杉本氏は無念そうに語る。
「私の事例が悪しき先例になり、他の報道関係者まで強制返納を命じられ、報道の自由、取材の自由を奪われることを危惧している」。
海外ニュースを手掛けるフリーランスの場合、無期限にパスポートが戻って来ないということは、死活問題となる。
杉本氏は外務省に「異議申し立て」を行い、場合によっては法的措置も検討するという。
「本気で訴訟を起こす気はあるのか?」。筆者は杉本氏の名誉のために質問した。
ネット世論の一部が「売名行為」とディスっているからだ。権力寄りの週刊誌もゴシップ扱いするだろう。
杉本氏は「本気で最後まで行きます(裁判で争う)」と力を込めて答えた。外務省が「ハイそうですか」と返却する訳もなく、最高裁まで争われるのは必至だ。氏もそれを覚悟している。
外務省がパスポートを取り上げなければならないほど、杉本氏は危険な取材を計画していたのだろうか?
本人によれば行く先は「トルコ領内の難民キャンプ」「米軍の空爆により陥落したコバニ」などだ。イスラム国の脅威はないエリアばかりだ。
「ガイドは自由シリア軍の元兵士で数年来のつきあいがある。移動も数年間おなじみのタクシードライバー。宿泊先もトルコ領内の常宿・・・」。
杉本氏の安全対策はほぼ万全だ。
地方のフリーランスは東京と違って仲間はごく少数だ。大きな騒ぎにはなりにくい。先例を作るために、政府が落としやすい対象を狙ったともとれる。