ロシア海軍、虎の子の黒海艦隊が基地を置くセバストポリ。港を見下ろす小高い丘に建つ市庁舎の前に人々が集まり斉唱している。「セバストポリとクリミアとロシアはひとつだ」。
ロシア国旗を振りかざす人々は政変後、毎日市庁舎前に訪れ、市長に対してロシアに帰属するよう求めているという。
帝政時代、クリミア半島はロシアの一部だった。ところが1954年、フルシチョフ書記長がウクライナにクリミア半島を“ プレゼント ”する。悲劇の発端だ。だがセバストポリだけは例外とされロシアに残った。軍事戦略上欠くことのできない黒海艦隊の母港だからだ。
セバストポリの人口のほとんどはロシア系住民で、ロシアへの思い入れはクリミア半島の他地域に比べて格段に高い。上記のような歴史的いきさつがあるからだ。
2度目の悲劇はさらに深刻だった。1991年、ソ連崩壊を受けてエリツィン大統領(ロシア)、シュシュケビッチ大統領(ベラルーシ)、クラクチュク大統領(ウクライナ)がクリミアの帰属問題について3者会談を開く。アル中のエリツィン大統領は酩酊状態のまま「クリミアすべてをウクライナの帰属にする」と書かれた書類にサインしてしまったのだ。
《ここでもロシア系住民の保護》
インタビューをするため人々の輪の中に入った。筆者がジャーナリストと分かるや「俺の話を聞け」「アタシの話も聞いて」と人々が押し寄せてきた。
クリミンコ・レオニードさん(男性72歳)は身振り手振りを加えて激しくまくしたてた。「あなた(田中)は自分の奥さんを他人にプレゼントしますか? セバストポリはロシアに併合されるべきだ。プーチンは我々の大統領だ」。
クリミンコさんが話し終わらないうちにナターリヤ・マルチュクさん(女性52歳)が前に乗り出してきた。「アメリカの飛行機(軍用機)が来るのはイヤ。アメリカは広島に原爆を落としたが誰も文句が言えない。プーチンは我々をアメリカから守ってくれる」。
市庁舎よりもさらに高い丘の上にある黒海艦隊司令部はクリミア中にニラミをきかせる。クリミア駐留のウクライナ軍に「投降せよ、さもなくば攻撃する」と最後通牒をつきつけたのも、この黒海艦隊司令部だ。
ソ連時代、黒海艦隊は黒海沿岸の東欧諸国を抑えるのに大きな役割を果たした。2008年、ロシアは南オセチアとアブハジアのロシア系住民の保護を口実にグルジアと交戦した。
黒海艦隊がグルジアを海上封鎖した結果、補給路を断たれたグルジア軍は南オセチアとアブハジアから撤退した。国際社会は認めていないが、南オセチアとアブハジアは勝手にグルジアからの独立を主張する。ロシア軍はそのまま残った。
老朽化したとはいえ黒海艦隊はまだまだ精強なのである。超大国の復興を目論むプーチン大統領が黒海沿岸の戦略要衝であるセバストポリを手放すはずがない。ここでも「ロシア系住民の保護」が十分過ぎるくらいの口実となる。