
米軍上陸地点を記す石碑。「この美しい海岸が二度と再び如何なる軍隊の上陸の地ともならないことを村民は祈念する」。=7日、読谷村 撮影:田中龍作=
1945年4月1日、1千隻もの艦艇で沖縄の海を黒く塗りつぶしていた米軍は、読谷村の海岸から上陸した。兵力50万超の大軍だ。
山の形が変わるとまで言われた激烈な艦砲射撃を浴びせた後である。後にいう「ありったけの地獄を集めた」沖縄地上戦の始まりだった。
81年を経て、この光景が蘇ろうとは思ってもみなかった。
米軍に取って代わったのは自民と財界である。圧倒的な資金力と組織力で沖縄を席捲してしまったのだ。

=7日、読谷村 撮影:田中龍作=
自民党の調査によると10代から40代までの若年層が、自民党と財界の推す古謝げんた候補を支持する。公明、国民民主、維新、参政も加わる。まさに大政翼賛会である。
県民所得は低くても、県外からの移住者は結構リッチだ。彼らの乗る車、小綺麗な住宅を見れば、フトコロの豊かさが見て取れる。
米軍が上陸した読谷村は、平均年齢41.5歳(総務省・国勢調査)。村民所得は県内41市町村のうち第6位だ(住まいインデックス)。堂々の上位である。景観にすぐれ暮らしやすいことから県外移住者が集まる。

オバアの声に耳を傾けるデニー候補。=7日、那覇市内 撮影:田中龍作=
若い世代が多く貧しさとは無縁。古謝を支える層の典型が、米軍の上陸した読谷村にあった。歴史の因縁だろうか。
デニー候補は父親が米軍兵士でその顔も知らず、シングルマザーに育てられた。「子供の貧困対策」を懸命に訴え、実績を上げてきた。街宣を見ても中高年が目につく。
沖縄県知事選挙は、世代間の選挙戦でもある。
それは“米軍統治下”の沖縄を知らない世代と、米軍統治で辛酸を舐めた世代の違いだ。
~終わり~
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