
南米最大級のスラム街「ペタレ」。70~80万人が住む。レンガを積んだだけの住宅は地震に襲われればひとたまりもない。=1月、カラカス郊外 撮影:田中龍作=
南米ベネズエラで24日発生したM(マグニチュード)7超の地震は、26日現在で死者920人、行方不明者は5万人に上る。(BBC報道ベース)
カラカス在住の知人によれば、家屋の倒壊が凄まじいという。一望がれき野原のようなエリアもあるそうだ。
ニカラグア、コロンビア、メキシコ、アメリカなどからレスキューチームが到着し、壊れた建物に閉じ込められた人々の救出作業を続けている。

政治犯収容所は元ショッピングセンター。中央部は空洞になっている。高さ30m余り。政治犯を逆さ吊りにして落とす。=1月、カラカス市内 撮影:田中龍作=
田中がベネズエラに入ったのは米軍が軍事侵攻した直後、1月のことだった。
暗黒の独裁国家だった。事実上トランプ政権の“統治下”とはいえ、ロドリゲス暫定大統領はマドゥーロ政権の恐怖政治を支えていた人物だ。
各国のレスキュー隊に必要な情報を開示しているだろうか。不都合なことを隠すのが独裁政権の真骨頂だからだ。
南米最大級のスラム街ペタレ(写真・最上段)は、谷に貼りつくようにして存在する。推定人口は70~80万人。
レンガを無造作に積み重ねた家屋は、M7超の地震で揺れればひとたまりもないだろう。
海外のレスキュー部隊が真っ先に入らねばならない地区なのだが、スラムは民兵組織の巣窟だ。チャベス前大統領の時代から武器を与えて独裁政権の力の源泉にしてきた。
ベネズエラ政府がここに海外のレスキュー隊を入れるはずがない。レスキュー隊の中には諜報部員も紛れ込んでいるはずだ。

ベネズエラを脱出した元軍人は自らが関わっていた政治犯収容所での拷問を苦しそうに語った。=1月、コロンビア・ボゴタ 撮影:田中龍作=
前出の知人は、「スラムに海外のレスキュー隊が入ったという話は聞いたことがない」と話す。
もうひとつのタブーは政治犯収容所(写真・2段目)だ。カラカス市内にあり、日常的に拷問が行われていた。
チャベス、マドゥーロ政権の暗部である。恐怖政治を支えていたロドリゲス暫定大統領が、ここにレスキュー隊を入れたりはしないだろう。

津波被災地。手前は救援機関などのテント。その向こうに広がる荒地のような所は漁村の跡。一望廃虚だった。=2005年、インドネシア・アチェ州 撮影:田中龍作=
災い転じて福となるケースもある。22万6566人もの死者を出したスマトラ沖地震・津波(2004年末)では、国際社会の救難援助が入った。それを報道するためにジャーナリストも入った。
インドネシアのアチェが画期的だった。ベトナム戦争終結後、アチェ州はアジア最長の内戦の舞台となっていた。
天然ガスとゴムの利権を手放したくないインドネシア中央政府が、アチェで凄まじい弾圧を繰り広げていた。アチェ自由運動(GAM)がインドネシア国軍に対して武力抵抗していた。
スマトラ沖地震・津波が発生する2004年まで、アチェに外国人は入れない、入れたとしても「生きて帰れない」とまで言われていた。
ところが地震津波から復興するためインドネシア中央政府は海外の団体やジャーナリストを入れざるを得なくなったのである。田中も入った。
アチェの惨状は海外にも広まり、翌2005年8月、フィンランドのヘルシンキで和平調印となった。大災害を機にブラックボックスが開いたのだ。
ベネズエラも大震災を逆手にとって開放すべきである。
~終わり~
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【読者の皆様】
BBCのクルーがベネズエラに到着し取材を進めていますが、スラムには入れていないようです。スラムというブラックボックスが開けば、死者の数は予想も尽きません。未曾有の大震災となることは必定です。
田中は1月にスラムを取材しております。田中にブラックボックスを開けさせて下さい。
交通費が圧倒的に不足しております。





