自分の愛した彼女が暴漢に傷つけられたような禍々しい気分になった。
田中が神宮外苑を訪れた時、巨大クレーンは深い深い緑の森と夏の青い空を真っ二つに切り裂き、唸りをあげて動いていた。
下水道工事だ。悪夢が蘇った。旧国立競技場を新国立競技場に建て替える時がこうだった。巨大施設を建設するために下水管の配置を変えなければならないのだ。基礎工事中の基礎工事である。
現場監督に聞いた。監督は「下水管の取り回しだ」と不愛想に答えた。
田中は「あそこに大きな施設が来るからですか?」と問いながら建国記念文庫の森を指さした。
現場監督は「そうだ」と首を縦に振った。
神宮第2球場の周辺も同様に下水道工事が始まっていた。
100年前、人々が持ち寄って植樹し、今は大木に育った樹々を含む3千本は、風前の灯火である。市民が黙っていたら、9月にも事業者による伐採が始まる。
「新宿区が事業者に対して出した神宮第2球場と建国記念文庫の森周辺の樹木3千本の伐採許可は違法である」。地元住民や学識経験者らが伐採許可の取り消しを求める行政訴訟を、きょう25日、東京地裁に起こした。
訴状によると―
新宿区は東京都の求めに応じるかたちで、神宮外苑の規制をもっとも厳しい風致地区A、Bから、伐採が容易に認められるS地区に「こっそり」変更した。2020年春のことだ。
ところが―
周辺住民はおろか環境にとっても重大な変更であるのに、初めて明らかになったのは今年(2023年)2月になってからだ。それも新宿区議会の予算委員会で、だ。
2年近くにわたって新宿区は、議会や都市計画審議会に諮ることも報告することもしなかった。パブコメで区民の意見を聞くこともなかった。
民主的プロセスを経ることもなく密室で決めて、変更した事実自体も公表しないでいた。重大な手続き的違背があり地域区分変更(厳しいAB→緩いS)の決定は違法である。
デベロッパーと行政は力づくで3千本という膨大な量の樹々をなぎ倒してくるだろう。
街路樹や公園の古木・大木は都市のシンボルでもある。欧米の都市は緑を増やそうとしているのに日本は逆方向にアクセルをふかす。
自然を破壊して誰のための豊かさなのだろうか。
~終わり~
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