26日14時28分、スガ首相の所信表明演説を聞き届けると、菅野完はハンストの終了を宣言した。
「スガはショボイ、勝手にやってろオマエら」。菅野は吐き捨てるように言った。
569時間余りに及ぶ絶食抗議だった。ハンストに突入したのは10月2日。汗ばむこともあった頃だった。今では冷たい風が体温を奪う。夏の名残があった初秋から晩秋に季節が変わったのである。
体重は8㎏減った。顔は凹んで小さくなった。肌はヒカラビていてドス黒い。
ハンスト初期の頃、菅野は「当然死ぬつもりですよ」と話していた。それは最後まで変わらなかった。
菅野は19日夜から経口補水液を絶った。「経口補水液を飲んでいるとなかなか倒れないから」と説明した。
夜露を浴びながらの就寝は、あえて体力を削ぐためだった。ハンスト終盤、夜だけホテルに帰ったのは、菅野を支援する仲間が疲労困憊していたからだ。
「死ねると思っていた」
「死にたいと思っていた」
「経口補水液を絶ったけど倒れないんだよ」
「死なせてくれないんだよ」。
悔しそうに言葉を搾り出す菅野の表情が忘れられない。
「首相が平気で法律を破る。誰かが死んで抗議しなければならない。それだけの事件なんだ」。
学術会議への人事介入に、菅野は腹の底から怒っていた。
「死ぬのがスガへの最高のあてつけ」と語っていた菅野は、反知性を骨の髄から憎んだ。
官邸前のハンスト現場に本棚を持ち込み、読書を欠かさなかったことにも、それは現れている。
官邸前の本棚はツイキャスにも映った。知性で反知性と戦う菅野の姿勢に共鳴した人々が、官邸前に集まり本を読むようになった。
菅野はハンスト中「これまでになかった、新しい戦い方をしたいんだ」と話していた。
旧来の集会デモのように動員で来るのではなく、誰かに声を掛けられて来るのでもない。
自分の意思と知性で、反知性の巣窟である権力中枢の前に来て、間違った政策に異を唱える。
「右向け右」「左向け左」。集団行動は日本社会の特性だ。官邸前の読書運動はそれに風穴を開けたのではないだろうか。
「本懐だ」。菅野は落ちくぼんだ目を輝かせた。
~終わり~