
=10日、横浜橋通り商店街 撮影:田中龍作=
地域の絆がしっかりしていた昭和30年代、両親が親戚の不幸で泊まりがけで出かけたりすると、幼い田中は隣家に預けられた。
隣り同士でコメを融通し合うことも珍しくなかった。
時代は平成、令和となり、低収入のため結婚もできないことが当たり前のようになった。
親元にいなければ、一人暮らしとなる。家賃負担が重くのしかかる。正社員でありながら炊き出しに並ぶ独身者が珍しくなくなった。
どうしようもない世の中を呪っていたら、救世主が現れた。世界的な建築家の山本理顕が横浜市長選挙に立ったのである。

=10日、横浜橋通り商店街 撮影:田中龍作=
山本は「住まいは権利」「助け合って住む」をスローガンに掲げる。
田中は山本に「市営住宅をどうするのか?」と質問した。
山本は即座に「空室となっている商店街の2階(以上)を皆、市営住宅として借りあげる。市には住宅供給公社があって、そこに借りあげさせる。もちろん安い家賃で提供する」と答えた。
「借り上げた部屋はオフィスとしても使えるようにしたらいい」とも。
山本は京都の町家のような職住一体型の住宅を提案している。それが自分の持ち家であれば、派遣切りのように職と住まいを同時に失うことにはならない。
自分の住み家さえ確保されていれば、人生いくらでも再生できる。
家賃負担が軽減されれば、その分おカネが消費に回る。GDPの60%を占める個人消費が上向けば国内経済にも好影響を与える。
行政のトップさえその気になれば、生活者本位の街づくりは実現可能である。希望が見えてくるだけでも生きる望みが湧いてくるではないか。
~終わり~
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田中龍作の取材は読者の御蔭で維持されています。





