模造でまわるスターリンのグルジア・ワイン

 ソムリエの田崎真也氏は修行時代、フランスの葡萄畑を歩き回ったという。芳醇なワインとなる葡萄を育む土、いわば基礎の基礎から勉強しているのだ。

 田崎氏に倣ったわけでも何でもないが、筆者はワインのゆりかごとも謳われるグルジアの大地を歩いたことがある(本当はシュワルナゼ政権崩壊後を取材するためだった)。

 起伏に富み、大小の河川が縦横無尽に流れる。農耕国家を象徴する黒味を帯びた湿潤な土が、質の良い葡萄の木を育んでいるのだろう。そう感じることしきりだった。

 民宿でも自家製ワインが食卓を彩る。右手前のピッチャー(写真:筆者撮影)

民宿でも自家製ワインが食卓を彩る。右手前のピッチャー(写真:筆者撮影)

 
 レストラン(といっても日本の大衆食堂に毛のはえた程度)に行けば、オーナーが自家製のワインを勧めてきた。地下のワインセラー、さらには葡萄を足で搾る年代物の機械まで見せてくれた。

 自家製であるという証拠を示したいのだろう。味は確かに格別だった。先ずフルーティーさに舌が驚く。渋みとコクと甘さが実にほどよく溶け合って、滑るように喉を通ってゆく。

 計画経済が生んだ水増しワイン
 
 それにしてもなぜここまで自家製にこだわるのか。最近になってその謎を知ることができた。

 ニューヨークタイムス(web版)によれば、ロシア政府当局は3月末からグルジア産ワインの輸入・販売を禁じた。農薬が混入しているから、というのが表向きの理由だ。シャーカシビリ政権が親欧米路線を取っていることに対する嫌がらせとの見方もある。

 話は80年も前にさかのぼる。ワイン好きだったとも言われるスターリンはグルジア人だった(ロシア人ではなかったことのコンプレックスがスターリンを凶暴にさせたという見方もある)。もともと良質だったこともあってグルジア産ワインは、当時のブランド品となった。「スターリン・テイスト」とも呼ばれたほどだ。

 だが社会主義特有の計画経済は、グルジア・ワインの質を劣化させることになった。計画経済は量の確保(ノルマ)を最優先させる。言い方を変えれば量さえ確保すればよい。その結果、グレープジュースにアルコールと砂糖を入れてさらに水増しした「模造ワイン」が横行することになった。70年に及んだソ連体制は、グルジア・ワインにとって受難の時代だった。

 スターリンは出身地のグルジア・ワインを好んだ。ゴリ市のスターリン博物館。

スターリンは出身地のグルジア・ワインを好んだ。ゴリ市のスターリン博物館。
(写真:筆者撮影)

本家生産能力の7倍超える流通

 ところが、ソ連が崩壊する(91年)と、さらに事態は悪化する。国家統制から解かれて、ある程度自由に製造・販売できるようになったことから偽造が「本格化」したのだ。他国で作られたテーブルワインや、ウォッカ工場で製造されたワインに『グルジア・ワイン』のラベルが貼られるありさまになった。ロシアとグルジアの業者の結託でニセ物グルジア・ワインは大増産された。

 ロシアのある輸入・販売業者は50%から80%もがニセのグルジア・ワインだと明かす。フランスのボルドー地方にあたるグルジア・ムクザリ地方の生産能力は年間140万本しかないのにもかかわらず、1千万本がロシア国内に出回っている、という。

 グルジア共和国は03年末、シェワルナゼ政権を倒した「バラ革命」以後、親欧米路線を取り、隣国のウクライナに大きな影響を与えた。さらにベラルーシにまで波及している。

 ロシア離れをみせるこれらの国々に対してプーチン大統領は、天燃ガスの大幅値上げを通告している(関連記事:エネルギーが止まった厳寒の国 2006/01/27)。グルジア・ワインの輸入・販売禁止が、こうした報復措置の一環と見られても、致し方ないだろう。『真性グルジア・ワイン』の製造・販売業者にとっては、おおきな打撃だ。

 本家のブランドイメージを落した『模造グルジア・ワイン』を飲みながら、あの世のスターリンは一連の騒動にさぞや悪酔いしていることだろう。

 

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