いつものように帰郷したら出られなくなってしまった。「囚われの地ガザ」を象徴するような悲劇が今、起きている。
ガザ‐エジプト国境のラファ検問所で うなだれた まま しゃがみ込んでいる老人がいた。アリ・フセインさん(70歳・写真下段)だ。
ガザ生まれのアリさんは1973年にアラブ首長国連邦に移り住んだ。建設会社に勤めながら結婚し、8人の子供をもうけた。孫も9人いる。
親せきを訪問するため、1ヵ月前、単身ガザに帰郷してきた。これまでと何一つ変わらぬ帰郷だった。
今月8日、イスラエルの空爆が始まったので身の危険を感じたアリさんは、妻子と孫の待つアラブ首長国連邦に戻ることにした。
そのためにはエジプトを通過しなければならない。ラファの国境検問所に行って、いつものように手続きをしたところ、エジプト側から拒否された。
凶事は重なる。アリさんは8月5日までにアラブ首長国に戻らなければ、滞留資格を失うのだ。
何としても戻らなければならないアリさんは、毎朝6時から国境検問所に来て、出国申請をしている。毎日夕方4時まで待つが、エジプト側の国境は開かない。
スアード・ハミースさん(40歳)は両親と祖父母に会うため、3ヵ月前、夫と娘と共に3人でエジプトからガザに帰郷した。
ガザ生まれのスアードさんだけがパレスチナ国籍。夫はエジプト人。娘はエジプト国籍だ。
ガザが危なくなったため、3人そろってエジプトに戻ろうとしたが、スアードさんだけがエジプト入国を認められなかった。夫と娘は17日、エジプトに帰国した。
スアードさんは国境検問所で夫娘と引き裂かれてしまったのだ。「エジプトは国境を開けてほしい」。スアードさんは消え入るような声で言った。
アリさんとスアードさんのケースは、ほんの一例に過ぎないーー
これまでは、ガザ入りした家族のほとんどがエジプトのパスポート(国籍)を持っていたら、残りはパレスチナ国籍であってもエジプトに戻れた。
ところがイスラエルの空爆が始まった8日以降はそれも認められなくなった。
パレスチナ側の国境検問所・係員は、無理と分かっていながら通過を認める。むげに断れないからだ。同民族への温情だろう。
だが案の定、エジプト側の検問所で拒否され、再びガザ側に戻って来る。
エジプトのシーシ政権は、ハマスを極端に嫌う。ハマスはシーシ大統領の政敵である「ムスリム同胞団」を母体としているからだ。
エジプトでは軍事クーデターにより政権を追われたムスリム同胞団の不満がメタンガスのように溜まり、テロが散発する。
これ以上の治安悪化を避けたいシーシ政権は、ハマスと関係する危険性のあるパレスチナ人の入国を警戒する。
今回の戦闘は、パレスチナ人を追い出したいシーシ政権に格好の口実を与えた。シーシ政権が続く限り、一時帰郷したパレスチナ人は、家族と引き裂かれたままになるのだろうか。
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読者の皆様。田中はクレジットカードをこすりまくってガザに来ております。借金です。ご支援よろしくお願い致します。