
県知事選敗戦を語るデニー氏。「子供を再び戦場に送るな」が重くのしかかる。=13日、那覇市内 撮影:田中龍作=
沖縄県の玉城デニー知事が本日29日付けで退任となる。
デニー氏が3選されていれば、26日に死去した山内徳信・元読谷村長(1935年=昭和10年生まれ)の葬儀委員長となっていたことだろう。
ありったけの地獄を集めたと言われた沖縄地上戦で、米軍が上陸したのが読谷だった。
読谷村長を6期(1974~1998年)務めた徳信氏は、米軍の読谷補助飛行場内に読谷村役場・村議会を移設するという、大胆な挙に出た。1997年のことだ。
子供が犠牲となった米軍のパラシュート降下訓練を体を張って止めた村長でもある。
徳信氏は骨の髄まで反基地だった。
デニー氏も米兵を父親に持つ。
2人は共に沖縄の戦後を背負っていたのである。

神谷代表は「日本軍が沖縄県民を殺害したわけではない」「日本軍は沖縄県民を守りに来た」なんていう沖縄戦認識を語る人物だ。=11日、那覇市内 撮影:田中龍作=
徳信氏が彼岸へと旅立ち、デニー氏が知事室から去る。沖縄の戦後が一気に歴史の彼方に葬り去られたような気持ちになる。
米軍統治(今でもそうだが)を知らない沖縄返還(1972年)後に生まれた古謝げんた氏が、明日30日から新知事となる。
デニー氏は県知事選挙(2018年)に初出馬する直前に田中龍作ジャーナルのインタビューにこう語っていた―
「私にはあなたの国(米国)の血が半分流れている。だから私の言うことの半分は米国に聞いてもらう。残り半分は日本政府に聞かせる」。
古謝氏は米軍(日本政府)の言いなりにならないだけのバックボーンを持っているだろうか。
~終わり~
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